エースが告白を撤回させてくれません

 告白の誤解を解くことができないまま、翌朝になった。

「おはー」
「……ういーっす」
 なんとか声を振り絞ると、あとからやってきた後藤が俺を見るなり言った。
「うっわ、マリちゃんが液状化してんだけど」
 ひとつ前の席の後藤が横向きにドカッと腰を落とす。よく先生から前を向いて座りなさいと言われるが、癖で直らないらしい。

「マリちゃん言うなや」
「こないだ女子に呼ばれてたじゃん」
「あれは先輩」
「いいよな〜。ハーレムとかうらやま」
「おまえも入る? ダンス部」
「むりむり。こき使われそう」
 わかってるくせに羨ましいとかよく言うなこいつ。
 俺は再びスライムのようになって「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と机に突っ伏した。

「ため息なっが」
「やらかしたかもしんない…………」
「なに、うんこ踏んだ?」
「それならネタにしてる」
「ガチなやつね」
 後藤は興味なさそうにスマホをポチポチいじる。

 ガチなやらかしをしたと嘆く俺を見ても、最近できた一年の彼女とのやりとりのほうが大事みたいだ。「昨日カノジョと撮った」とツーショット写真を見せてくる。
 スマホの画面には、後藤と彼女が寄り添った自撮り写真。誰がどう見ても仲の良さそうなカップルだ。

 そうだよ。『付き合う』ってこういうことなんだよ。ことあるごとにツーショ撮ったり、手なんか繋いで一緒に帰っちゃったりして。デートとか、それ以上のこととか……。

 柳井と? ちょっと待って。全然想像できない。だってあの柳井だぞ。

 あっちはぜんぶわかってて『いーよ』なんて言ったのかな。そもそも俺は告白してないんだけど……。
 昨日の放課後を思い出すと、あれは本当に現実に起こったことなのかいまだに信じられない。あんなところで練習なんてするんじゃなかった。

 何度目かの後悔を挟んだところで、それまでざわざわしていた教室の中が急にしんとなった。

 なんだ? ふと後ろのほうのドアを見る。ちょうど柳井が教室に入ってきたらしい。
 モーセが海を割るように、ドア付近でしゃべっていたクラスメイトたちが柳井の道を空けはじめた。
 さすが文武ともにぱっとしないうちの高校のエース。教室に入るだけで空気がピリッとする。柳井のまわりだけ膜が張っているみたいだ。中学のころからそうだった。

「あいつ、まじすげーよな」
 後藤がボソッと耳打ちしてくる。
「こないだの大会でまた新記録出したんだって」
「そうなの?」
「知らねーのかよ。昔水泳部だったのに」
「今は水泳部じゃないし」
 前後でそんなやりとりをしていると、「はよ」と低い声が割って入ってきた。
 ぎくっとして斜め上を見上げる。俺たちの上に影を落としていたのは柳井だ。
「お、おはよ〜……」
 硬い笑顔で言う後藤に向かって、柳井は無表情のまま言う。
「小鞠と話したいんだけど」
「こ、小鞠と?」
「うん」
「も、もちろん! 俺購買行ってくるし、イスも使っていいぜ!」
 後藤はイスから立つと、逃げるように教室を出て行った。

 男くさい後藤から、女子ウケしそうな美形顔が目の前に座る。 
 嗅ぎつけてきたのか、教室に入ってきたばかりなのに、もうほかのクラスの女子が廊下側の窓から柳井を見ている。

 しょっちゅう告白されているし、ファンクラブもあるらしい。でも彼女はいないと情報通の男子が言っていた。競技に集中したいから彼女を作らないんじゃないか説を推していたけど……。

 なんだか気まずいな。昨日のあれは冗談だって言ってくれないかな。
「今日は弁当?」
「はぇっ!?」
 突然話しかけられて、変な声が出た。
「学食?」
「ひ、昼めしのこと?」
「うん」
「今日は弁当だけど」
 恐る恐る答えると、柳井は表情を変えずに言った。

「一緒に食べる」

 まるで決定事項のような言い方だ。

「なんでだよ」

「彼氏だから」

 やばい。昨日の話、全然撤回できてないじゃんかよ。

「あの〜……昨日も説明したと思うけど、あれは練習でね?」
「うん」
「ひとりでやってたの。相手はいないの」
「うん」
「だから柳井の勘違い」
「うん」
「聞いてる?」
「うん。でも俺に『付き合って』って言った」
「言ってないってば……!」
 聞いてないじゃん! なんなのこいつ。宇宙人すぎない?

 俺と柳井の組み合わせが珍しいのか、遠巻きにクラスメイトたちがちらちら見ていることに気づいた。

 柳井の勘違いだとしても、付き合うことになってるなんて周りに知られたら面倒くさいことになる。
 何を言っても付き合っていることにされるなら、今は人目を逸らすことのほうが大事だ。

「わかったよ! 昼は一緒に食べるから」
 
 だから自分の席に早く戻ってくれ。

 願いが届いたのか、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。

「ほらチャイム鳴ったぞ」
「うん」
 素直に立ち上がると、柳井は振り返って言った。
「楽しみにしてる」
 目元をゆるませる。
 たったそれだけなのに、胸の奥をくすぐられたみたいな感覚がした。

 ……いやいや、なんだ今の。

 一緒に昼飯を食べる約束をしただけで、そんなに嬉しそうな顔をしなくたっていいだろ。