最後に見れてよかった。
まだ少しおぼつかない足取りで歩く詩織ちゃんの隣で、橘くんが小さな歩幅に合わせながら、優しく背中を支えて歩いていた。
その手には、あの頃と何も変わらない、世界で一番温かい私の大好きな橘くんの右手が添えられていた。
その瞬間、胸の奥が引き裂かれるみたいに痛くて苦しくて。
でもそれ以上に、橘くんが今、ちゃんとこの空の下で生きているんだなっ……って思う度に、視界がめちゃくちゃに滲んで、涙がボロボロと溢れて止まらなかった。
ねえ、橘くん。
私、本当に最低で、残酷で、救いようのない嘘つきだよね。
死んで幽霊になったなんて、全部、全部大嘘なんだよ。
私は今も橘くんと同じようにみっともなく息をして生きている。
あの時、橘くんの目の前で溶けるみたいに消えてみせたのも、ただのちょっとした手品みたいなもの。
真夏なのに手が冷たかったのも会う直前まで、冷たい缶ジュースで指先を麻痺するくらい冷やしていたから。
……そうでもしなきゃ、橘くんはあのお金を絶対に受け取ってくれなかったでしょ。
私のパパが、橘くんの両親を殺した。妹さんの自由を奪った。
私の家族のせいで、橘くんのきらきらした未来は全部ドブ川に捨てられた。
それなのに、生きている私が「これ、お詫びのお金です」なんて差し出したら、橘くんは絶対に怒り狂ってその金を突き返したはず。
橘くんのあのプライドが許すわけない。
だから私は、死んだ娘の幽霊とうそをついた。
橘くんを救って、一方的に消え去る。
それが、加害者の娘である私が君の人生にできる唯一の、そして最低最悪の贖罪。
これ以上、橘くんに罪悪感を与えたくなかったんだよ。
私のせいで、私の家族のせいで、これ以上傷つく姿なんて見ていたくなかった。
だから、私は消えなければならなかった。
どうか、届かなくていい。橘くんのこれからの日々の、邪魔にだけはなりたくないから。
――ごめんね。あまりにも身勝手で残酷な嘘を。
私がこうして生きてしまっていること。
橘くんを騙したこと。
橘くんの未来に無理やり押し付けて消えてしまったこと。
それと。
――ありがとう。君の不器用な優しさのすべて。
私を見てくれたこと。
私の作ったご飯をあんなに愛おしそうに食べてくれたこと。
私に眩しいくらいの青空を何度も降らせてくれたこと。
私の存在を橘くんの隣に置いてくれたこと。
あの海への帰り道の終電で、橘くんが私のために『お前が作った飯を全部腹に詰め込んでから行く』って言ってくれた時、私、死んでいるフリをしながら胸の奥が張り裂けそうなくらい温かかったんだよ?
もし許されるなら、もっと橘くんの隣で、普通の高校生みたいに、普通の恋がしたかった。
毎日、あのうるさい拓海先輩や木村くんに茶化されながら、手を繋いで夕日の沈む道を歩いてみたかった。
汗を流して笑い合って、中身のない炭酸飲料みたいな、そんなぬるい青春を、橘くんと一緒に送りたかった。
ああ、もしも願いが一つだけ叶うなら時間が止まってくれればよかったのに。
ああ、もしも神様がいるなら、私が橘くんを冷たい雨から守るための傘にならせてくれればよかったのに。
だけど、私の青春は橘くんの家族を奪ったあの日に、もうとっくに終わっている。
だから、お願い。幸せになってね、橘くん。
私の分まで、あの事故で失われてしまったすべての未来の分まで、橘くんはもう一度、あの眩しいコートの上で楽しんでもらわなくちゃいけない。
橘くんのこれからの人生は底辺かもしれない。
だけど、私の遺したあのお金で、もう一度だけ、あのコートの上で誰よりも眩しく輝いて。
私はもう、橘くんの前に二度と姿を現さない。
橘くんが私のことを思い出して、胸を痛める必要もない。
――運命がどれほど残酷でも、この世界がどれほど理不尽でも。
もしも奇跡を起こす力が、今の私に一瞬でも残されているのなら。
神様どうか、私がこれから受け取るはずだった一生分の光を、全部あいつにあげてください。
傷だらけになりながら、それでも前を向こうとするあの人に、もう二度と、冷たい雨を降らせないで。
――私のなにもかもと引き換えに。どうかあいつを、もう一度笑わせて。
ありがとう橘くん。
私はもう一度君と過ごせて、話せてほんとに幸せだったよ。
そして、本当にごめんね。
バイバイ、橘くん。私の世界で一番大好きで、世界で一番、愛おしい人。
そして。
まだ少しおぼつかない足取りで歩く詩織ちゃんの隣で、橘くんが小さな歩幅に合わせながら、優しく背中を支えて歩いていた。
その手には、あの頃と何も変わらない、世界で一番温かい私の大好きな橘くんの右手が添えられていた。
その瞬間、胸の奥が引き裂かれるみたいに痛くて苦しくて。
でもそれ以上に、橘くんが今、ちゃんとこの空の下で生きているんだなっ……って思う度に、視界がめちゃくちゃに滲んで、涙がボロボロと溢れて止まらなかった。
ねえ、橘くん。
私、本当に最低で、残酷で、救いようのない嘘つきだよね。
死んで幽霊になったなんて、全部、全部大嘘なんだよ。
私は今も橘くんと同じようにみっともなく息をして生きている。
あの時、橘くんの目の前で溶けるみたいに消えてみせたのも、ただのちょっとした手品みたいなもの。
真夏なのに手が冷たかったのも会う直前まで、冷たい缶ジュースで指先を麻痺するくらい冷やしていたから。
……そうでもしなきゃ、橘くんはあのお金を絶対に受け取ってくれなかったでしょ。
私のパパが、橘くんの両親を殺した。妹さんの自由を奪った。
私の家族のせいで、橘くんのきらきらした未来は全部ドブ川に捨てられた。
それなのに、生きている私が「これ、お詫びのお金です」なんて差し出したら、橘くんは絶対に怒り狂ってその金を突き返したはず。
橘くんのあのプライドが許すわけない。
だから私は、死んだ娘の幽霊とうそをついた。
橘くんを救って、一方的に消え去る。
それが、加害者の娘である私が君の人生にできる唯一の、そして最低最悪の贖罪。
これ以上、橘くんに罪悪感を与えたくなかったんだよ。
私のせいで、私の家族のせいで、これ以上傷つく姿なんて見ていたくなかった。
だから、私は消えなければならなかった。
どうか、届かなくていい。橘くんのこれからの日々の、邪魔にだけはなりたくないから。
――ごめんね。あまりにも身勝手で残酷な嘘を。
私がこうして生きてしまっていること。
橘くんを騙したこと。
橘くんの未来に無理やり押し付けて消えてしまったこと。
それと。
――ありがとう。君の不器用な優しさのすべて。
私を見てくれたこと。
私の作ったご飯をあんなに愛おしそうに食べてくれたこと。
私に眩しいくらいの青空を何度も降らせてくれたこと。
私の存在を橘くんの隣に置いてくれたこと。
あの海への帰り道の終電で、橘くんが私のために『お前が作った飯を全部腹に詰め込んでから行く』って言ってくれた時、私、死んでいるフリをしながら胸の奥が張り裂けそうなくらい温かかったんだよ?
もし許されるなら、もっと橘くんの隣で、普通の高校生みたいに、普通の恋がしたかった。
毎日、あのうるさい拓海先輩や木村くんに茶化されながら、手を繋いで夕日の沈む道を歩いてみたかった。
汗を流して笑い合って、中身のない炭酸飲料みたいな、そんなぬるい青春を、橘くんと一緒に送りたかった。
ああ、もしも願いが一つだけ叶うなら時間が止まってくれればよかったのに。
ああ、もしも神様がいるなら、私が橘くんを冷たい雨から守るための傘にならせてくれればよかったのに。
だけど、私の青春は橘くんの家族を奪ったあの日に、もうとっくに終わっている。
だから、お願い。幸せになってね、橘くん。
私の分まで、あの事故で失われてしまったすべての未来の分まで、橘くんはもう一度、あの眩しいコートの上で楽しんでもらわなくちゃいけない。
橘くんのこれからの人生は底辺かもしれない。
だけど、私の遺したあのお金で、もう一度だけ、あのコートの上で誰よりも眩しく輝いて。
私はもう、橘くんの前に二度と姿を現さない。
橘くんが私のことを思い出して、胸を痛める必要もない。
――運命がどれほど残酷でも、この世界がどれほど理不尽でも。
もしも奇跡を起こす力が、今の私に一瞬でも残されているのなら。
神様どうか、私がこれから受け取るはずだった一生分の光を、全部あいつにあげてください。
傷だらけになりながら、それでも前を向こうとするあの人に、もう二度と、冷たい雨を降らせないで。
――私のなにもかもと引き換えに。どうかあいつを、もう一度笑わせて。
ありがとう橘くん。
私はもう一度君と過ごせて、話せてほんとに幸せだったよ。
そして、本当にごめんね。
バイバイ、橘くん。私の世界で一番大好きで、世界で一番、愛おしい人。
そして。



