雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

最後に見れてよかった。
おぼつかない足で歩く詩織ちゃんの隣で、橘くんが歩幅に合わせながら歩いていた。
その手には、あの頃と何も変わらない温かい彼の手が添えられていた。

そのとき胸が引き裂かれるみたいに痛くて。
でもそれ以上に橘くんが今、ちゃんとこの空の下で生きているんだなっ……って思う度に、視界がめちゃくちゃに滲んで涙が止まらなかった。

ねえ、橘くん。
私、本当に最低で救いようのない嘘つきだよね。

死んで幽霊になったなんて全部、全部大嘘なんだよ。
私は今も橘くんと同じように生きてる。

あの時橘くんの前で消えてみせたのも、ただのちょっとした手品みたいなものなんだよ。
真夏なのに手が冷たかったのも、会う直前まで缶ジュースで冷やしていたから。

……そうでもしなきゃ、橘くんはあのお金を絶対に受け取ってくれなかったでしょ。
私の家族のせいで、橘くんの未来は全部捨てられた。

それなのに、生きている私が「これ、お詫びのお金です」なんて差し出したら、橘くんは怒り狂ってその金を突き返したはず。
橘くんのプライドが許すわけない。

だから私は、死んだ娘の幽霊と嘘をついた。

これ以上橘くんに罪悪感を与えたくなかったんだよ。
私のせいで、私の家族のせいで、これ以上傷つく姿なんて見ていたくなかった。

どうか、届かなくていい。
橘くんのこれからの日々の邪魔にだけはなりたくないから。

――ごめんね。
私が生きてしまっていること。
橘くんを騙したこと。
橘くんに未来を無理やり押し付けて消えちゃったこと。

……と。

――ありがとう。
私の作ったご飯をあんな美味しそうに食べてくれたこと。
私に眩しいくらいの青空を何度も降らせてくれたこと。
私の存在を橘くんの隣にいつも置いてくれてたこと。

あの時橘くんが『お前が作った飯を腹に詰め込んでから行く』って言ってくれた時、胸が張り裂けそうなくらい温かかったんだよ?

もし許されるなら、もっと橘くんの隣で、普通の恋がしたかった。
毎日拓海くんや木村くんに茶化されながら、手をつないで歩いてみたかった。
汗を流し、笑い合って……そんな青春を橘くんと一緒に送りたかった。

ああ、もしも願いが1つだけ叶うなら時間が止まってくれればよかったのに。
ああ、もしも神様がいるなら私が橘くんを激しい雨から守れるための傘にならせてくれればよかったのに。

だけど私の青春はあの日にもうとっくに終わってる。

だから、お願い。幸せになってね橘くん。
私の分まで、橘くんはもう一度あのコートで楽しんでもらわなくちゃいけない。

――運命がどれほど残酷でも、この世界がどれほど理不尽でも。
もしも奇跡を起こす力が、今の私に一瞬でも残されているのなら。

神様どうか、私がこれから受け取るはずだった一生分の光を、全部あの人にあげてください。
傷だらけになりながら、それでも前を向こうとするあの人に、もう二度と、冷たい雨を降らせないで。

――私のなにもかもと引き換えに。どうかあいつを、もう一度笑わせて。

橘くんありがとう。
私はもう一度君と過ごせて、話せて、ほんとに幸せだったよ。

さようなら。
私の世界で一番大好きで、世界で一番、愛おしい人。

そして。