雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

朝日が残酷なほど鮮明に差し込むその部屋には、着を脱いだ先生とベッドの脇で床に崩れ落ちている叔父の姿があった。
そして、ベッドの上。

無機質な医療機器に囲まれ、ただ生かされているだけだった詩織の小さな身体。
その長いまつげが、微かに震えていた。

「……ん……っ……あ……」
乾燥しきった唇から、小さな人間の声が漏れる。

ゆっくりと開かれたその瞳は、最初は光に怯えるように泳いでいたが、やがて入り口で呼吸を乱して立ち尽くす俺の姿を真っ直ぐに捉えた。

その瞬間、詩織の大きな瞳に、じわりと涙が溜まっていった。
「……おに……ちゃん……」

あの日に俺が「お前なんか生まれてこなきゃよかった」という言葉を放ちその直後にベランダから飛び降りていったあいつの声だった。

俺の足は、自分の意志とは関係なく、磁石に引き寄せられるようにしてベッドへと動いていた。
膝から崩れ落ちるようにして、俺は詩織の、まだ細くて少しだけカサついているけれど。
体温を持ったその手を、俺の両手で強く壊れてしまいそうなほど強く握りしめた。

「詩織……っ。ごめん、ごめん、詩織……っ!俺のせいで、お前を……っ!」
涙が溢れ視界がめちゃくちゃに滲んでいく。
胸の奥にこびりついて離れなかった十字架が、詩織の手の温もりによってゆっくりと溶かされていくような気がした。

詩織は、握り返す力もないほど弱い指先で俺の手を小さく包み込みながら、優しく笑った。
その笑顔は、かつて俺を精神的に追い詰めたあの歪んだ独占欲の笑顔ではなかった。
どこかこの数ヶ月間、俺の隣で不敵に笑い、俺のすべてを肯定して守り続けてくれた、あの和奏の笑顔にひどく、ひどく似ているような気がした。

「……ううん。私ねずっと、長い夢を、見てた」
詩織は、愛おしそうに俺の顔を見つめながら一文字ずつ言葉を紡いでいく。

「お兄ちゃんがね、私のために、ボロボロになりながら、働いてくれてる夢。夜に私を迎えにきてくれる夢」
心臓が、ドクンと大きな衝撃を伴って跳ね上がった。

「待たせて、ごめんね。ね……ぇお兄ちゃん。大丈夫?」
「ああ。……もう大丈夫だ。外を見てみろ。快晴だ」
俺は、制服のポケットの奥にずっとしまい込んであった、あのオレンジ色のキーホルダーを引き抜いた。

俺たちの青春は、相変わらず他人の冷笑に満ちていてる。
キラキラした思い出なんて1つもないし、これからも暗い調理場で金を返す日々が続く。

世界がどれほど理不尽であっても、もう二度と離さない。