雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

手元で光るスマートフォンの画面。
そこに映し出された、区役所での俺と叔父さんの後ろ姿。盗撮されたその画像の下に躍る、『お金なら、私がいくらでも用意してあげられますよ?』という文字列が、網膜の裏側にべっとりと張り付いて離れない。

百万円から、二百万円。
詩織が、あの昏睡の深淵からこちら側の世界へ戻ってくるために必要な、命の値段。
高校生がどれだけ夜を徹して泥をすすろうが、決して届かないその絶対的な壁を、あの後輩は「いくらでも用意できる」と言い放ったのだ。

「……っ」
胃の奥からせり上がってくる強烈な吐き気を堪え、俺は病院の正面玄関を出た。
一刻も早くこの場から離れたかった。

家へ帰れば、和奏が残してくれたあの温かいおにぎりがある。
あのハチミツ色の光の中に逃げ込めば、この息苦しさは消えるはずだった。
だが、運命というやつは、俺が逃げ道を模索することすら許さない。

家へ続く寂れた住宅街の路地裏。
街灯の光が届かない、薄暗い自動販売機の横を通り抜けようとした、その時だった。
「――おじ様には、内緒なんですね」
闇の底から滑り出してきたような声が、俺の足を完全に縫い付けた。
振り返るまでもない。
自動販売機の蛍光灯に照らされて浮かび上がったのは、あの黒髪ストレートの後輩だった。
だが、その佇まいは異様だった。
制服のセーラー服の襟元は乱雑に押し広げられ、白く細い鎖骨が夜の闇に剥き出しになっている。

その手に握られたスマートフォンが、俺の顔を執拗にレンズに収めようとしていた。
「お前……いい加減にしろ」
声を荒らげる俺の拒絶など、彼女には一ミリも届いていなかった。

それどころか、彼女はくすくすと不気味に笑いながら、一歩、また一歩と、踏み込んでくる。
「先輩、そのお洋服の下、本当はすっごく震えているじゃないですか。妹さんの手術、お金、足りないんですよね?」
「……お前に関係ない」
俺は踵を返し、その場から走り去ろうとした。