雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

あの放課後、旧校舎の渡り廊下で俺に真っ直ぐな好意を告げ、そして俺にと切り捨てられた、2年の後輩だった。だが、今の彼女の佇まいは、あの日のいかにも育ちの良さそうな清楚な少女のそれとは、決定的に異なっていた。

「……お前、まだ残ってたのか」
俺は真顔を維持したまま、一歩後ろへ下がった。
彼女は上履きのつま先をモジモジと擦り合わせることもせず、ただ、光を一切失った死人のような眼で、真っ直ぐに俺の顔を見つめていた。
その瞳の奥にある底なしの暗闇が、かつての詩織の姿と、嫌なほどに重なり合った。

「先輩。私、ずっと、待っていたんです」
後輩の唇が、笑みの形に歪んだ。
泣いているのか笑っているのかも分からない、狂ったように不気味な笑顔。

「あの日、先輩は先客がいるって仰いましたよね。他クラスの、あのいつも箱を持って騒いでいる、下品な女の子のことですよね」
「……和奏のことは関係ない。他を当たれと言ったはずだ」
声を鋭く尖らせるが、彼女はピクリとも動じなかった。

それどころか、制服のポケットの中から、ゆっくりと何かを取り出した。
彼女の手のひらの上に載っていたものを見た瞬間、俺の全身の血が一瞬にして凍りついた。
それは、小さな黄色のひまわりの髪留めだった。

形も、色も、俺が駅前のショッピングモールで、店員に弄られながら必死に選んだ、あの和奏へのプレゼントと全く同じもの。
「先輩、これ、探すのすっごく大変だったんですよ。先輩が地下のスーパーで黒毛和牛を買う前に、レディース雑貨のフロアで店員さんと楽しそうにお話ししているの、私、すぐ近くから見ていましたから」
細い指先が、ひまわりの花びらを愛おしそうに、何度も、何度も撫で回す。

「先輩の手は、やっぱりそのボールのキーホルダーが似合うって、あの女の人が言っていましたよね。……お肉、美味しかったですか?」
「お前……なんでそれを」
喉の奥が引き攣り、言葉が上手く出ない。

彼女は、俺のワンルームでのハンバーグの夜をも、暗闇の中からじっと見つめていたのだ。
「私の方が、先輩の傷の深さを知っています。あの女の人は、先輩を偽物の光で誤魔化しているだけ。先輩を本当に甘やかして、本当に救ってあげられるのは、私だけなんです」
一歩、後輩が俺のテリトリーへと、音もなく踏み込んでくる。

世界の中心で、また冷たい雨がパラパラと降り始めるのを、俺は感じていた。