夕方に汗を流し、店長の豪快なまかないで腹を満たし、夜の十一時には自分の布団に潜り込む。
スマートフォンの画面には、毎日のように和奏からの騒がしいメッセージが躍っていた。
雨の音は、彼女の途切れない笑い声にかき消され、世界の輪郭は鮮やかさを取り戻しつつあったのだ。
だけど……。
始まりは、ほんの小さな違和感だった。
炎炎でのバイトを終え、深夜の住宅街を一人で歩いている時。
背後から、床を擦るような、かすかな上履きの音が聞こえた気がして振り返る。
だが、そこには街灯に照らされたアスファルトが広がっているだけだった。
あるいは、朝、自宅のドアを開けた瞬間。
玄関のノブの隙間に、一筋の、見覚えのない長い髪の毛が、まるで意思を持つ糸のように、きつく絡みついていたこと。
「……気のせい、か」
呟いた声は、夏の終わりの生温かい風に吸い込まれて消えた。
俺はいつもの通学路を歩く。
その日の放課後だった。
進路希望調査票の件で担任に呼び出され、職員室での重苦しい面談を終えた俺は、すでに夕日が差し込み始めた中央廊下を一人で歩いていた。
部活帰りの生徒たちの声が遠くの体育館から響く、静まり返った校舎。
階段の手前まで差し掛かった、その時。
背後の暗闇から、カサリ、と制服の布が擦れる音がした。
「――橘先輩」
澄んだ声がした。
心臓がドクリ、とリズムを刻む。
振り返ると、階段の踊り場の影から、一人の女子生徒が滑り出てきた。
腰のあたりまで綺麗に伸びた、ストレートの黒髪。
スマートフォンの画面には、毎日のように和奏からの騒がしいメッセージが躍っていた。
雨の音は、彼女の途切れない笑い声にかき消され、世界の輪郭は鮮やかさを取り戻しつつあったのだ。
だけど……。
始まりは、ほんの小さな違和感だった。
炎炎でのバイトを終え、深夜の住宅街を一人で歩いている時。
背後から、床を擦るような、かすかな上履きの音が聞こえた気がして振り返る。
だが、そこには街灯に照らされたアスファルトが広がっているだけだった。
あるいは、朝、自宅のドアを開けた瞬間。
玄関のノブの隙間に、一筋の、見覚えのない長い髪の毛が、まるで意思を持つ糸のように、きつく絡みついていたこと。
「……気のせい、か」
呟いた声は、夏の終わりの生温かい風に吸い込まれて消えた。
俺はいつもの通学路を歩く。
その日の放課後だった。
進路希望調査票の件で担任に呼び出され、職員室での重苦しい面談を終えた俺は、すでに夕日が差し込み始めた中央廊下を一人で歩いていた。
部活帰りの生徒たちの声が遠くの体育館から響く、静まり返った校舎。
階段の手前まで差し掛かった、その時。
背後の暗闇から、カサリ、と制服の布が擦れる音がした。
「――橘先輩」
澄んだ声がした。
心臓がドクリ、とリズムを刻む。
振り返ると、階段の踊り場の影から、一人の女子生徒が滑り出てきた。
腰のあたりまで綺麗に伸びた、ストレートの黒髪。



