「……ふぅ」
送信ボタンを押して、スマートフォンの画面をポケットに突っ込む。
駅前のロータリーには、終電を待つサラリーマンや、楽しそうに笑い合う大学生の集団がまばらに歩いていた。
普段なら、深夜のジムへ向かうために彼らを冷めた目で一瞥し、ただ感情を殺してすれ違うだけだった。
今は、お腹の底が温かい肉と米で満たされているせいか、夜風がいつもより少しだけ心地よく感じられる。
カラン、とポケットの中で、和奏が回してくれたあのオレンジ色のバスケットボールのキーホルダーが、鍵と擦れ合って小さな音を立てた。
その時電子音を立てて、スマホが震えた。
取り出すと、一瞬で既読をつけた和奏からの返信が画面に躍っていた。
『橘くんお疲れ様ーーー!!お肉美味しかった!?良かったねぇ(๑>◡<๑) 炎炎の店長さん、ちょっと怖いけどすっごく良い人だから、まかないは遠慮せずガッツリ食べるんだよ!』
『というか今から帰るってことは、もうすぐ駅? 私、まだ起きてるよ!』
文章からあいつのうるさいくらいの声が再生されるようで、俺は息を吐いた。
時刻は夜の十時を回ったところだ。深夜バイトの時なら、ここからが地獄の始まりだった。
だけど今の俺には、家に帰って、風呂に入って、ちゃんと布団で眠るための時間が丸ごと残されている。
普通に働いて、普通に夜に眠る。
そんな当たり前のことが、今の俺にとっては信じられないほど奇跡だった。
『もうすぐ電車に乗る。お前は早く寝ろ。明日も朝から予定あるんだろ』
そう打って改札を抜け、黄色い点字ブロックの上に立つ。
間もなくして滑り込んできた三両編成の各駅停車は、夏休みの平日の夜ということもあって、車内はガラガラに空いていた。
適当なロングシートに腰を沈めると、昼間の激しい肉体労働の疲れが、心地よい気怠さとなって一気に四肢へ広がっていく。
網交換で焦ったときは心臓が止まるかと思った。
反省することは山ほどある。
だけど不思議と胸の奥が罪悪感で泥濘むことはなかった。
「明日から、倍働いて返せ」
と言ってくれた店長の顔が、俺の背中を支えてくれているような気がしたからだ。
ガタゴトと揺れる電車の窓に、疲れ果てた、だけどどこか死んだ魚のようだった二週間前とは違う俺の顔が映っている。
最寄り駅に着き、静まり返った夜の住宅街を歩く。
街灯の下を通り抜けるたび、自分の影が伸びては縮むのを繰り返した。
送信ボタンを押して、スマートフォンの画面をポケットに突っ込む。
駅前のロータリーには、終電を待つサラリーマンや、楽しそうに笑い合う大学生の集団がまばらに歩いていた。
普段なら、深夜のジムへ向かうために彼らを冷めた目で一瞥し、ただ感情を殺してすれ違うだけだった。
今は、お腹の底が温かい肉と米で満たされているせいか、夜風がいつもより少しだけ心地よく感じられる。
カラン、とポケットの中で、和奏が回してくれたあのオレンジ色のバスケットボールのキーホルダーが、鍵と擦れ合って小さな音を立てた。
その時電子音を立てて、スマホが震えた。
取り出すと、一瞬で既読をつけた和奏からの返信が画面に躍っていた。
『橘くんお疲れ様ーーー!!お肉美味しかった!?良かったねぇ(๑>◡<๑) 炎炎の店長さん、ちょっと怖いけどすっごく良い人だから、まかないは遠慮せずガッツリ食べるんだよ!』
『というか今から帰るってことは、もうすぐ駅? 私、まだ起きてるよ!』
文章からあいつのうるさいくらいの声が再生されるようで、俺は息を吐いた。
時刻は夜の十時を回ったところだ。深夜バイトの時なら、ここからが地獄の始まりだった。
だけど今の俺には、家に帰って、風呂に入って、ちゃんと布団で眠るための時間が丸ごと残されている。
普通に働いて、普通に夜に眠る。
そんな当たり前のことが、今の俺にとっては信じられないほど奇跡だった。
『もうすぐ電車に乗る。お前は早く寝ろ。明日も朝から予定あるんだろ』
そう打って改札を抜け、黄色い点字ブロックの上に立つ。
間もなくして滑り込んできた三両編成の各駅停車は、夏休みの平日の夜ということもあって、車内はガラガラに空いていた。
適当なロングシートに腰を沈めると、昼間の激しい肉体労働の疲れが、心地よい気怠さとなって一気に四肢へ広がっていく。
網交換で焦ったときは心臓が止まるかと思った。
反省することは山ほどある。
だけど不思議と胸の奥が罪悪感で泥濘むことはなかった。
「明日から、倍働いて返せ」
と言ってくれた店長の顔が、俺の背中を支えてくれているような気がしたからだ。
ガタゴトと揺れる電車の窓に、疲れ果てた、だけどどこか死んだ魚のようだった二週間前とは違う俺の顔が映っている。
最寄り駅に着き、静まり返った夜の住宅街を歩く。
街灯の下を通り抜けるたび、自分の影が伸びては縮むのを繰り返した。



