「――おい三番テーブル、網交換とおしぼり追加!橘、ぼさっとすんな、早く動こ」
「はいっ!」
厨房の奥から響く店長の怒号に、俺は弾かれたように返事をした。
夏休みの真っ只中。
和奏の恐るべきリサーチ能力によって見つけ出された俺の新しい戦場は、駅前にある大衆活気焼肉店、炎炎だった。
時給は地域の平均より頭一つ抜けて高い。
その理由は、一歩足を踏み入れればすぐに理解できた。
すさまじい熱気、充満するタレと脂の焦げる匂い、そしてひっきりなしに鳴り響く注文のブザー。
深夜のフィットネスジムのような、冷房の効いた静寂に包まれた空間とは完全に真逆の、泥臭いまでの活気がそこにはあった。
「橘くん!六番テーブルに特選カルビ三枚と生、ダッシュで持ってって!」
「了解です!」
先輩のパートの女性からジョッキと皿を受け取り、満席のフロアを縫うように駆ける。
バスケ部で培ったステップと体幹は、油で滑りやすくなった床でも十分に活きた。
ジョッキを何個も持って往復するのも、筋肉にとっては大した負荷ではない。
深夜のジムバイトに比べれば、身体の芯に残る疲労の質が違った。
あっちがじわじわと寿命を削られるような疲労なら、こっちは健康的に汗を流して肉体を使う、疲労だ。
――これなら、やれる。
これなら夜はちゃんと眠れるし、詩織のための資金も、役所に申請した自立更生計画の枠内で着実に貯めていける。
そう、確かな手応えを掴みかけた、その瞬間だった。
「すいませーん、網換えてもらえます?」
四番テーブルの、いかにもサラリーマンといった風体の男たちから声がかかる。
「あ、はい。ただいま失礼します」
俺はまだ数回しかやったことのない網交換専用のフックを右手に持ち、腰を落として使用済みの網を引っ掛けた。
真っ赤に熾った炭火の熱が、ジリジリと顔の皮膚を灼く。
(よし、これを持ち上げて、新しい網を――)
「おっと、橘くん危ない!」
「うわっ……!?」
横を通り抜けようとした別の店員と、一瞬だけ肩が接触した。
油でギトギトに汚れた古い網は、フックから滑り落ち、輪のフチに当たって激しく跳ねた。
カシャン、と甲高い金属音が響く。
次の瞬間、網の端に残っていた熱せられたタレが、サラリーマンの男の白いワイシャツの袖口へとパシャリと飛び散った。
「――あ」
一瞬、体中の血が引いていくのが分かった。
「おい、ちょっと待てよ!何すんだお前!」
男がガタッと椅子を引いて立ち上がる。
ワイシャツの袖には、ハッキリと黒茶色のシミが点々と広がっていた。
「す、すいません……っ!俺の不手際です!」
俺はトレイを置き、ポケットから清潔な布巾を取り出して必死に男の袖を拭こうとした。
頭がパニックで真っ白になりかける。
「はいっ!」
厨房の奥から響く店長の怒号に、俺は弾かれたように返事をした。
夏休みの真っ只中。
和奏の恐るべきリサーチ能力によって見つけ出された俺の新しい戦場は、駅前にある大衆活気焼肉店、炎炎だった。
時給は地域の平均より頭一つ抜けて高い。
その理由は、一歩足を踏み入れればすぐに理解できた。
すさまじい熱気、充満するタレと脂の焦げる匂い、そしてひっきりなしに鳴り響く注文のブザー。
深夜のフィットネスジムのような、冷房の効いた静寂に包まれた空間とは完全に真逆の、泥臭いまでの活気がそこにはあった。
「橘くん!六番テーブルに特選カルビ三枚と生、ダッシュで持ってって!」
「了解です!」
先輩のパートの女性からジョッキと皿を受け取り、満席のフロアを縫うように駆ける。
バスケ部で培ったステップと体幹は、油で滑りやすくなった床でも十分に活きた。
ジョッキを何個も持って往復するのも、筋肉にとっては大した負荷ではない。
深夜のジムバイトに比べれば、身体の芯に残る疲労の質が違った。
あっちがじわじわと寿命を削られるような疲労なら、こっちは健康的に汗を流して肉体を使う、疲労だ。
――これなら、やれる。
これなら夜はちゃんと眠れるし、詩織のための資金も、役所に申請した自立更生計画の枠内で着実に貯めていける。
そう、確かな手応えを掴みかけた、その瞬間だった。
「すいませーん、網換えてもらえます?」
四番テーブルの、いかにもサラリーマンといった風体の男たちから声がかかる。
「あ、はい。ただいま失礼します」
俺はまだ数回しかやったことのない網交換専用のフックを右手に持ち、腰を落として使用済みの網を引っ掛けた。
真っ赤に熾った炭火の熱が、ジリジリと顔の皮膚を灼く。
(よし、これを持ち上げて、新しい網を――)
「おっと、橘くん危ない!」
「うわっ……!?」
横を通り抜けようとした別の店員と、一瞬だけ肩が接触した。
油でギトギトに汚れた古い網は、フックから滑り落ち、輪のフチに当たって激しく跳ねた。
カシャン、と甲高い金属音が響く。
次の瞬間、網の端に残っていた熱せられたタレが、サラリーマンの男の白いワイシャツの袖口へとパシャリと飛び散った。
「――あ」
一瞬、体中の血が引いていくのが分かった。
「おい、ちょっと待てよ!何すんだお前!」
男がガタッと椅子を引いて立ち上がる。
ワイシャツの袖には、ハッキリと黒茶色のシミが点々と広がっていた。
「す、すいません……っ!俺の不手際です!」
俺はトレイを置き、ポケットから清潔な布巾を取り出して必死に男の袖を拭こうとした。
頭がパニックで真っ白になりかける。



