雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

「ああ。叔父貴にも手伝ってもらって役所に通ったから、生活保護の仕組みは少し分かってきた。だけど、調べれば調べるほど、この制度ってただ生き延びるための最低限のラインでしかなくてさ……」
俺はノートの白紙のページに、これまでに分かった数字を書いていった。

「まず、今の俺たちの生活保護費。これは世帯の最低生活費から、親が遺してくれたわずかな遺族年金なんかを差し引いた、本当にカツカツの額だ。医療扶助があるから、詩織の今の通常の入院費とかは全額国がみてくれてる。それは本当に有り難いんだけどさ……問題はこれからなんだ」
「これから……?」

「脳の専門書を読んで分かった。詩織がこの先、昏睡状態から目を覚ますために、もっと先進的な脳の治療を受けさせたり、設備が整った別の専門病院へ転院させるってなった場合、その先進医療の費用や転院の費用は、生活保護の医療扶助の対象外になる可能性が高い。つまり、そこは全額俺の自己負担になる」

和奏が息を呑むのが分かった。
「全額自己負担……。民間医療保険とかは……使えないの?」
「無理だ」
俺は力なく首を横に振った。

「両親が死んだときの保険の特約や、遺してくれた生命保険金は、これまでの入院費や葬儀代、それからローンの精算でほとんど底をつきかけてる。」
「そんな」

俺は視線を落としてつづけた。
「それに、詩織名義で新しく医療保険に入ろうとしたって、もう手遅れなんだよ。保険ってのは病気や怪我をする前に入るものだからな。すでに昏睡状態でベッドに横たわっている人間が入れる民間保険なんてこの世界には存在しない。役所の担当者にも冷たく言われたよ。保険制度に縋るのは不可能ですってな」

テーブルの上に苦しい沈黙が落ちる。
「じゃあ……やっぱり、橘くんが自力で、その先進医療のためのお金を貯めるしかないんだね」
「ああ。だけど、生活保護にはさらに最悪なルールがある。それが収入申告の義務と資産保有の制限だ」
俺はノートの生活保護という太文字に、何重もバツ印をつけた。

「生活保護を受けている人間がバイトをして金を稼ぐと、その全額を役所に申告しなきゃいけない。そして、稼いだ額のほとんどが、翌月の保護費から差し引かれるんだ。一応勤労控除っていうルールがあって、高校生が稼いだ分のうち、数万円程度は手元に残すことが許される。だけど、それを超えて月に十万とかそれ以上とかまで稼いだら、稼いだ分だけ保護費が減るから実質、俺の手元に大金が残ることはない。それどころか、通帳に貯金があることが役所にバレたら、その時点で自力で生活できるとみなすって言われて、保護を打ち切られるとか……」

「えっ……!?じゃあ、橘くんがどれだけ必死に働いたって、詩織ちゃんのための貯金を作ることも許されないの?そんなの、あまりにも理不尽……!」
和奏が声を荒げる。
その綺麗な瞳が悔しさで潤んでいた。

「理不尽だけど、それが国のルールだ。……ただ、これにも一つだけ、裏ルートというか、合法的な例外がある」
俺はペンを走らせ、目的を持った貯蓄の容認と書き込んだ。

「役所の福祉事務所に、事前に使用目的を記載した自立更生計画書を提出して、ケースワーカーの承認を得られれば、高校生のアルバイト代を将来の自立のための資金として、保護費を減らされることなく別口座に貯めておくことが認められる場合がある」