雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

「――よ~し! 橘くん、お待たせ!アサリのお味噌汁と、卵焼きの完成でーす!」
トントンという包丁の音が止まったかと思えば、キッチンから和奏の元気な声が響き、湯気の立つお椀とお皿がローテーブルの上に並べられた。
出汁の優しい香りが朝の光が満ちるリビングにふわりと広がる。

「お前、朝からずいぶん手が込んでるな……」
「当然でしょ!橘くんの専属栄養士を舐めないでよね。ほらほら、冷めないうちに食べて!」
和奏はパチンと割り箸を割ると、俺の手に無理やり握らせてくる。
指先が微かに触れ合った。

「……いただきます」
お味噌汁を一口、口に運ぶ。
じわっと身体の芯に沁み渡るような、どこか懐かしい、優しい味がした。
「どう? 美味しい?」

和奏はソファの上に膝を抱えるようにして座り、下から覗き込むように俺の顔を見ていた。
「……ああ。めちゃくちゃ美味い」
「へへ、よかった。橘くんが美味しいって言ってくれるのが、私の明日へのエネルギー!」
和奏はそう言うと、満足そうに自分の分の味噌汁をフーフーとしながら食べ始めた。

窓の外からは、本格的に夏の終わりな一日が始まるのを告げるように、蝉の声が一段と小さく響き渡り始めている。
一睡もしていないはずなのに、頭は驚くほど冴えていた。
お椀をテーブルに置き、俺は少しだけ真面目なトーンで切り出した。

「和奏。飯を食いながらで悪いんだけど……ちょっと、これからのこと、相談させてくれ」
「これからのこと?もしかして、夏休みの海デートの予算会議?」
和奏は箸を咥えたまま目を丸くする。

「違う。……いや、それも大事だけど、今はもっと現実的な話だ。俺、前に深夜のジムのバイト辞めただろ。これで身体は休まるけど、その分、詩織のための金を稼ぐ手段が一時的にストップした。……だから、次の作戦を立てなきゃいけないんだ」
俺がカバンからノートとペンを取り出すと、和奏は少しだけ表情を引き締め、姿勢を正した。
「そっか……。そうだよね。深夜労働は絶対にダメだけど、橘くんが今も詩織ちゃんのために戦ってるのは変わらないもんね。生活保護のこととか、治療費のこととか、一回ちゃんと整理しよ?」