雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

和奏の視線が、俺の手に注がれる。
かつてバスケットボールを掴み、前の夜勤の洗剤で少し荒れた、俺の手のひら。

「橘くんのトゲトゲした言葉も、冷たい態度も。全部詩織ちゃんを守るためのだって分かってたから。普通の高校生みたいに笑ってほしかった。……私のこのエゴで、橘くんが少しでも息を吹き返してくれたならそれでいいんだって。ね、橘くん」

和奏は心底幸せそうな、穏やかな笑みを浮かべていた。
だけど、その言葉がどうしようもないくらい俺の胸を締め付けた。

「……何でお前が、そこまで俺に投資するんだよ」
俺はコップをテーブルに置き、俯いたまま拳を握りしめた。
「俺は、妹をあんな目に遭わせた最低の人間だぞ。普通の青春なんて、送っちゃいけない奴なんだ。それなのに、お前は……」

「橘くん」
和奏が俺の言葉を遮るように、そっと手を伸ばしてきた。

「詩織ちゃんはね、ほんとうに橘くんのこと、一ミリも恨んでなんかいないよ」
「なんで、お前にそんなことが分かるんだよ……」

「分かるよ。だって、女の子だもん」
和奏は微笑んだ。

「大好きな人に、あんな酷い言葉を言わせちゃったこと。自分のせいで、あんなに眩しかったお兄ちゃんの笑顔を奪っちゃったこと。詩織ちゃんが今、昏睡のなかで一番悔やんで、悲しんでいるのはきっとそのことだよ」

窓の外から、温かい風が吹き込んできて、リビングのカーテンを揺らした。

和奏の言葉は、俺がこれまで誰にも言ってもらえなかった心で一番欲しかった許しそのものだった。
俺は泣かなかった。
ただ、胸が痛くて張り裂けそうだった。

「……お前は小賢しいな」
「知ってる。私、すっごくずるくて独占欲が強い女の子なので!」
和奏はそう言うと距離を詰めて、俺の肩に頭を預けてきた。
髪から、あの甘いハチミツのような匂いが漂う。

和奏は俺の腕をぎゅっと抱きしめながら、眠そうにあくびをした。
「明日も、明後日も、その先もずっと……橘くんの隣は、私の特等席だからね。だから、どこにも行かないでね……」

心地よい体温に満ちる部屋。
二人の間に流れる時間はどこまでも切なかった。