「――あの、橘先輩。少し、お時間ありますか」
放課後、声をかけてきたのは、全く見覚えのない女子生徒だった。
腰のあたりまで綺麗に伸びたストレートの黒髪。
いかにも育ちが良さそうな佇まい。
ブレザーのネクタイの色からして、2年の後輩だろう。
いつもなら、こんな普通にきれいで、普通に青春を生きているような他人が目の前に現れただけで、胸は激しい拒絶反応を起こしていたはずだった。
俺にとって、彼女たちの持つ輝きは、それだけで眩しすぎて吐き気がするものだったから。
俺はいつも通りの真顔を崩さないまま、その場に足を止めていた。
「……俺に、何か用か」
連れてこられたのは、放課後はほとんど人が通らない、旧校舎へと続く渡り廊下だった。
窓の外からは、夏の終わりの蝉の声がワンワンと響いている。
その女子生徒は、上履きのつま先をモジモジと擦り合わせながら、胸元に抱えた小さな手を俺に差し出してきた。
細い指先が、小刻みに震えている。
「橘先輩が、夜中にずっと大変なお仕事をされていたこと、噂で聞きました。……私、先輩がバスケ部でエースだった頃から、ずっと、先輩の試合を観ていたんです。あの日、先輩が部活を辞めてしまってからも……一人で、全部を背負って傷だらけになりながら、それでも前を向こうとする先輩の姿を、ずっと……」
彼女の言葉を耳にした瞬間、俺の脳裏をよぎったのは、和奏のあの言葉だった。
『私はね、橘くんが思ってるより、ずーーっと、ずーーっと前から、橘くんのことを見てたんだよ?』
同じ言葉。
なのに、どうしてだろう。
目の前の清楚な後輩から告げられる言葉は、俺の胸にある冷たい部分に、一ミリも刺さらなかった。
「だから……あの、もしよろしければ、私に先輩を支えさせてくれませんか。私、先輩のことが、好きです」
真っ直ぐな、一点の曇りもない好意の告白。
少女漫画の主人公なら、顔を真っ赤にして喜ぶような、完璧な青春の一幕。
だが、俺の口から出たのはいつも通りのぶっきらぼうな声だった。
「悪いが。俺のテリトリーはもう先客がいて、これ以上は一人分も空いてないんだ」
「え……?」
「お前の優しさは、俺には重すぎる。……他を当たってくれ」
それだけ言うと、俺は振り返ることもせず、呆然と立ち尽くす彼女を置いて渡り廊下を歩き出した。
放課後、声をかけてきたのは、全く見覚えのない女子生徒だった。
腰のあたりまで綺麗に伸びたストレートの黒髪。
いかにも育ちが良さそうな佇まい。
ブレザーのネクタイの色からして、2年の後輩だろう。
いつもなら、こんな普通にきれいで、普通に青春を生きているような他人が目の前に現れただけで、胸は激しい拒絶反応を起こしていたはずだった。
俺にとって、彼女たちの持つ輝きは、それだけで眩しすぎて吐き気がするものだったから。
俺はいつも通りの真顔を崩さないまま、その場に足を止めていた。
「……俺に、何か用か」
連れてこられたのは、放課後はほとんど人が通らない、旧校舎へと続く渡り廊下だった。
窓の外からは、夏の終わりの蝉の声がワンワンと響いている。
その女子生徒は、上履きのつま先をモジモジと擦り合わせながら、胸元に抱えた小さな手を俺に差し出してきた。
細い指先が、小刻みに震えている。
「橘先輩が、夜中にずっと大変なお仕事をされていたこと、噂で聞きました。……私、先輩がバスケ部でエースだった頃から、ずっと、先輩の試合を観ていたんです。あの日、先輩が部活を辞めてしまってからも……一人で、全部を背負って傷だらけになりながら、それでも前を向こうとする先輩の姿を、ずっと……」
彼女の言葉を耳にした瞬間、俺の脳裏をよぎったのは、和奏のあの言葉だった。
『私はね、橘くんが思ってるより、ずーーっと、ずーーっと前から、橘くんのことを見てたんだよ?』
同じ言葉。
なのに、どうしてだろう。
目の前の清楚な後輩から告げられる言葉は、俺の胸にある冷たい部分に、一ミリも刺さらなかった。
「だから……あの、もしよろしければ、私に先輩を支えさせてくれませんか。私、先輩のことが、好きです」
真っ直ぐな、一点の曇りもない好意の告白。
少女漫画の主人公なら、顔を真っ赤にして喜ぶような、完璧な青春の一幕。
だが、俺の口から出たのはいつも通りのぶっきらぼうな声だった。
「悪いが。俺のテリトリーはもう先客がいて、これ以上は一人分も空いてないんだ」
「え……?」
「お前の優しさは、俺には重すぎる。……他を当たってくれ」
それだけ言うと、俺は振り返ることもせず、呆然と立ち尽くす彼女を置いて渡り廊下を歩き出した。



