雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

彼女はただ、喉の奥で小さく「……そっか」と呟いただけだった。

「あーあ!せっかくエモい雰囲気で将来の不安とか語っちゃおうと思ったのに、橘くんの頭の中は結局私の胃袋泥棒なご飯のことでいっぱいなんだ!はい、ムードぶち壊しー!」
数秒の沈黙の後、和奏はいつものトーンでわざとらしく大声を上げ、俺の背中をバシバシと叩いた。

「おい、痛い。……それに、お前が変な質問してきたんだろ」
「変じゃないもーん。女子高生の繊細なメンタルケアを怠るから、橘くんはモテないんだよ?ほら、拓海くんたちが呼んでる。戻ろ!」
和奏は俺の腕をパッと離すと、ひまわりの髪留めを揺らしながら、砂を蹴ってバーベキュー場の方へと小走りで戻っていった。
その後ろ姿を見つめながら、俺は自分の右手のひらをじっと見つめる。

「おい瑞稀ー!早くしろ!終電逃したらマジでここで野宿だぞ!」
拓海が遠くから、両手をメガホンにして叫んでいる。
「すぐ行く」
俺は短く答えて、和奏の後を追うように歩き出した。

最寄り駅までの帰り道、街灯の少ない田舎道は真っ暗だった。
木村と後輩たちは、遊び疲れたのか、行きとは打って変わって静かにトボトボと歩いている。
俺の隣を歩く和奏は、カバンの紐を両手でぎゅっと握りしめたまま、一言も喋らなかった。

時折、彼女のひまわりが、通り過ぎる車のヘッドライトに照らされて、一瞬だけ黄色を浮き上がらせる。
俺は無意識に彼女との距離を数センチだけ詰めた。

ガタゴトと音を立てて滑り込んできた上りの終電に乗り込むと、車内は蛍光灯の白い光で満ちていた。
拓海たちは席に座るなり、泥のように眠りに落ちていく。
俺と和奏は、ドアの近くのロングシートに並んで座った。電車の振動に合わせて、和奏の肩が小さく揺れる。

ふと見ると、彼女は窓ガラスに頭を預け、薄く目を開けたまま、暗黒の車窓を見つめていた。
その表情はただ人形のように静か。

「和奏」
俺は、誰にも聞こえないような低い声で彼女を呼んだ。
「……ん?」
和奏は首だけをゆっくりとこちらに動かした。
「明日、行くからな」
「明日?」
「お前んち。明日、一番に、お前の家に行く」
和奏は、少しだけ目を見開いた。
その唇が、かすかに震える。

彼女はゆっくりと口角を上げてみせた。
「……うん。待ってる。待ってるからね~橘くん」
電車のブレーキ音が、キー、と響き渡る。