夜の波音が、ざざ、ざざ、と寄せては返す。
バーベキュー場の方からは、まだ木村たちが炭火の片付けをしながら「網のコゲが落ちねえ!」と騒いでいる声が聞こえていた。
俺と和奏は、そこから百メートルほど離れた波打ち際で足を止めていた。
昼間の熱気が嘘のように冷めた砂浜は、素足で踏むとひんやりとしている。
「……私の家、本当に何もないよ?」
和奏は海を見つめたまま、俺の腕を掴む手に少しだけ力を込めた。
「テレビもないし、冷蔵庫もほぼなんもない。橘くんが期待するような、女の子の可愛いお部屋要素はゼロパーセントです」
「期待してない。お前の家がどんな場所でも、行くって約束したから行く」
俺がぶっきらぼうに返すと、和奏は「ふーん」と声を漏らしようやく俺の方を振り向いた。
その顔は、周りが暗いせいでよく見えない。
瞳が、猫のそれみたいに光っていた。
「橘くんはさ、もしも何もない世界に行かなきゃいけなくなったらどうする?」
唐突な問いだった。
和奏の声は、いつもよりずっと低く、波の音に簡単に掻き消されそうなほど。
「何もない世界って、何だよ」
「言葉通りの意味。友達もいなくて、バスケのゴールもなくて。毎日がただ静かで、冷たい雨だけが降ってるような場所。……そこに行かなきゃいけないって分かってたら、最後の日に何をする?」
俺はポケットの中で、まだ入れたままだったバスケのキーホルダーの硬い感触を確かめた。
和奏の言っている意味は分からない。
「……美味いもんを食う」
「え?」
「お前が作った肉じゃがとか、唐揚げとか、エビフライとか。そういうのを全部腹に詰め込んでから行く。一人で冷たい場所にいるときに、その味を思い出せるようにな」
和奏は、ピタリと動きを止めた。
長い前髪の隙間から覗く彼女の顔が、わずかに強張ったように見えた。
バーベキュー場の方からは、まだ木村たちが炭火の片付けをしながら「網のコゲが落ちねえ!」と騒いでいる声が聞こえていた。
俺と和奏は、そこから百メートルほど離れた波打ち際で足を止めていた。
昼間の熱気が嘘のように冷めた砂浜は、素足で踏むとひんやりとしている。
「……私の家、本当に何もないよ?」
和奏は海を見つめたまま、俺の腕を掴む手に少しだけ力を込めた。
「テレビもないし、冷蔵庫もほぼなんもない。橘くんが期待するような、女の子の可愛いお部屋要素はゼロパーセントです」
「期待してない。お前の家がどんな場所でも、行くって約束したから行く」
俺がぶっきらぼうに返すと、和奏は「ふーん」と声を漏らしようやく俺の方を振り向いた。
その顔は、周りが暗いせいでよく見えない。
瞳が、猫のそれみたいに光っていた。
「橘くんはさ、もしも何もない世界に行かなきゃいけなくなったらどうする?」
唐突な問いだった。
和奏の声は、いつもよりずっと低く、波の音に簡単に掻き消されそうなほど。
「何もない世界って、何だよ」
「言葉通りの意味。友達もいなくて、バスケのゴールもなくて。毎日がただ静かで、冷たい雨だけが降ってるような場所。……そこに行かなきゃいけないって分かってたら、最後の日に何をする?」
俺はポケットの中で、まだ入れたままだったバスケのキーホルダーの硬い感触を確かめた。
和奏の言っている意味は分からない。
「……美味いもんを食う」
「え?」
「お前が作った肉じゃがとか、唐揚げとか、エビフライとか。そういうのを全部腹に詰め込んでから行く。一人で冷たい場所にいるときに、その味を思い出せるようにな」
和奏は、ピタリと動きを止めた。
長い前髪の隙間から覗く彼女の顔が、わずかに強張ったように見えた。



