不審に思って振り返ると、和奏はひまわりの髪留めを両手でそっと包み込んでいた。
「おい、何してんの。あ、気に入らなかったなら、別の――」
「違う、違うの……っ。嬉しくて……」
和奏はこれ以上ないくらいの、本当のひまわりみたいな満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、橘くん。私、これ、ずーっと大切にするね!」
その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥のモヤモヤは消え去った。
数万円の予算は吹き飛んだが、あいつのこの笑顔が見られたなら、お釣りが出るくらいの大勝利だ。
贅沢なハンバーグを二人で「美味い」「ほら見たことか」と言い合いながら平らげた後、和奏はさっそく、ハーフアップにした自分の髪にそのひまわりの髪留めをパチンと飾った。
少し大人びて見える和奏に、俺はまた視線のやり場に困る。
「ねえ、橘くん。次の作戦会議、しよ?」
麦茶を飲みながら、和奏がテーブルに身を乗り出してきた。
「作戦会議?」
「そう! もうすぐ待ちに待った夏休みでしょ?橘くんも深夜バイト辞めたんだし、時間はたっぷりあるよね。だからさ、今度は……私の家に行こ!」
和奏の言葉に、俺はドクリと心臓が跳ねるのを意識した。
あの和奏の、プライベートな空間。
そこに俺が行く。
「……ああ、そうだな。いつもお前に来られてばかりじゃ不公平だ。お前の部屋がどんな風に散らかってるか、確かめに行ってやる」
「ちょっと!女の子の部屋を散らかってる前提で言わないでよ!もう。夏休みに入ったらすぐ、お泊まり会……はダメでも、一日中ゲームしたり映画観たりする計画、立てよ!」
和奏はノートを広げて、夏休みのカレンダーにカラフルなペンで丸をつけ始めた。
――そして、翌日。
学校の教室は朝からひどく浮足立っていた。
「おい、静かにしろー。席につけ」
担任の、少し頭の薄くなった中年教師が、出席簿で教卓をパンパンと叩く。
いつもならその音すら鬱陶しくて、机に突っ伏して眠りにつくところだが、今の俺は背筋を伸ばして、窓の外を流れる入道雲を見つめていた。
「もうすぐ夏休みだが、受験生としての自覚を忘れるなよ。橘、お前は進路希望調査票がまだ白紙だぞ。後で職員室に来いよ」
「……はい」
先生の軽いお説教に、クラスの連中がクスクスと笑う。
隣の席の拓海が、椅子の背もたれに体重をかけながら、ニヤニヤとこちらを振り返った。
「進路ねぇ。瑞樹、お前バスケ推薦の枠蹴っちゃったからな。でもまぁ……今は他に進みたい進路ができちゃったもんな?」
「ノート取るぞ」
「はいはい。てか夏休みさ、木村たちも交えて一回くらい海行くか?ナンパとかじゃなくて、純粋にダチ同士でさ。もちろん、あの和奏も強制参加な」
拓海のその言葉が、ひどく嬉しかった。
あいつらは、俺のバスケを失った寂しさを埋めるように、ごく普通の、ありふれた高校生の日常の中に、俺と和奏を当たり前のように組み込もうとしてくれている。
「……あいつに聞いてみる。多分、誘ったら耳がキーンとするくらい大騒ぎして喜ぶから」
「ハハッ、目に見えるようだわ! よし、決まりな!」
キーンコーンカーンコーン、と。午前中の授業開始を告げるチャイムが、どこか軽やかに響き渡る。
「おい、何してんの。あ、気に入らなかったなら、別の――」
「違う、違うの……っ。嬉しくて……」
和奏はこれ以上ないくらいの、本当のひまわりみたいな満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、橘くん。私、これ、ずーっと大切にするね!」
その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥のモヤモヤは消え去った。
数万円の予算は吹き飛んだが、あいつのこの笑顔が見られたなら、お釣りが出るくらいの大勝利だ。
贅沢なハンバーグを二人で「美味い」「ほら見たことか」と言い合いながら平らげた後、和奏はさっそく、ハーフアップにした自分の髪にそのひまわりの髪留めをパチンと飾った。
少し大人びて見える和奏に、俺はまた視線のやり場に困る。
「ねえ、橘くん。次の作戦会議、しよ?」
麦茶を飲みながら、和奏がテーブルに身を乗り出してきた。
「作戦会議?」
「そう! もうすぐ待ちに待った夏休みでしょ?橘くんも深夜バイト辞めたんだし、時間はたっぷりあるよね。だからさ、今度は……私の家に行こ!」
和奏の言葉に、俺はドクリと心臓が跳ねるのを意識した。
あの和奏の、プライベートな空間。
そこに俺が行く。
「……ああ、そうだな。いつもお前に来られてばかりじゃ不公平だ。お前の部屋がどんな風に散らかってるか、確かめに行ってやる」
「ちょっと!女の子の部屋を散らかってる前提で言わないでよ!もう。夏休みに入ったらすぐ、お泊まり会……はダメでも、一日中ゲームしたり映画観たりする計画、立てよ!」
和奏はノートを広げて、夏休みのカレンダーにカラフルなペンで丸をつけ始めた。
――そして、翌日。
学校の教室は朝からひどく浮足立っていた。
「おい、静かにしろー。席につけ」
担任の、少し頭の薄くなった中年教師が、出席簿で教卓をパンパンと叩く。
いつもならその音すら鬱陶しくて、机に突っ伏して眠りにつくところだが、今の俺は背筋を伸ばして、窓の外を流れる入道雲を見つめていた。
「もうすぐ夏休みだが、受験生としての自覚を忘れるなよ。橘、お前は進路希望調査票がまだ白紙だぞ。後で職員室に来いよ」
「……はい」
先生の軽いお説教に、クラスの連中がクスクスと笑う。
隣の席の拓海が、椅子の背もたれに体重をかけながら、ニヤニヤとこちらを振り返った。
「進路ねぇ。瑞樹、お前バスケ推薦の枠蹴っちゃったからな。でもまぁ……今は他に進みたい進路ができちゃったもんな?」
「ノート取るぞ」
「はいはい。てか夏休みさ、木村たちも交えて一回くらい海行くか?ナンパとかじゃなくて、純粋にダチ同士でさ。もちろん、あの和奏も強制参加な」
拓海のその言葉が、ひどく嬉しかった。
あいつらは、俺のバスケを失った寂しさを埋めるように、ごく普通の、ありふれた高校生の日常の中に、俺と和奏を当たり前のように組み込もうとしてくれている。
「……あいつに聞いてみる。多分、誘ったら耳がキーンとするくらい大騒ぎして喜ぶから」
「ハハッ、目に見えるようだわ! よし、決まりな!」
キーンコーンカーンコーン、と。午前中の授業開始を告げるチャイムが、どこか軽やかに響き渡る。



