翌日の放課後。
俺は拓海たちとの挨拶を早々に済ませ、カバンの中に黒毛和牛の挽き肉とデミグラスソース、そしてひまわりの髪留めが入った紙袋を忍ばせて帰路についた。
いつもなら駅のホームや坂道の途中で「橘くーん!」と背中に飛びついてくるはずの騒がしい影は、今日に限って見当たらない。
スマホを確認しても、メッセージは既読にすらなっていなかった。
「……あいつ、本当に気まぐれだな」
マンションの階段を上り、鍵を開けて自室に入る。
静まり返った狭いワンルーム。
俺は制服のブレザーを脱ぎ捨てると、すぐにキッチンに立った。
スマホでレシピサイトを何度もスクロールしながら、玉ねぎを極限まで細かくみじん切りにする。
フライパンで飴色になるまでじっくり炒め、それを冷ましている間に、ボウルに国産黒毛和牛の合い挽肉を投入した。
「……手が冷てぇ」
感覚が凍りつく。
あいつを驚かせたい。いつも貰いっぱなしの俺が、あいつの度肝を抜いてやるんだ。
成形したハンバーグをフライパンに並べ、ジウジウと肉汁が弾ける良い音が部屋に満ち始めた、その時だった。
コンコン、と玄関のドアが叩かれた。
「橘くん!開いてるー!?突撃晩御飯だよー!」
案の定、インターホンも鳴らさずにドアノブがガチャガチャと音を立てる。
俺は慌ててフライパンの火を弱め、エプロンをつけたまま玄関へと向かい、勢いよくドアを開けた。
「遅い。メッセージも無視しやがって」
「ひゃあ!?びっくりしたぁ……。起きてたよ、起きてたってば!ちょっと他クラスの女子にノート借りるの捕まっちゃってさ。……って、えええ?」
和奏はいつものように大きなスクールバッグを抱えて、廊下で大騒ぎしようとした瞬間に固まった。
その大きな瞳が、俺の紺色のエプロンと、部屋の奥から漂ってくるデミグラスソースの匂いに釘付けになっている。
「橘くんが……エプロン……?しかもこの匂い、まさか、ハンバーグ……!?」
「うるさい。近所迷惑だろ、早く入れ」
俺は顔を背け、和奏の腕を引っ張って室内に引き入れた。
和奏は靴を脱ぐのももどかしいといった様子で、パタパタとキッチンまで付いてくる。
「嘘、嘘でしょ?あの、食べる専門の貯金マシーンだった橘くんが料理!?しかもこれ、めちゃくちゃいいお肉の匂いがするんだけど!」
「お前がいつも、安物の惣菜ばっかり買ってくるからだ。たまには本物のハンバーグっていうのを教えてやろうと思ってな」
「安物って言うなー!あれでも私、一生懸命選んで……。え本当に私のために作ってくれたの?」
キッチンに並ぶ、丁寧に形を整えられたハンバーグ。
和奏は信じられないものを見るように、両手を頬に当てて目を輝かせている。
その姿があまりにも嬉しそうで、俺はカバンの中から、あらかじめ用意しておいた淡いピンク色の小さな紙袋を、ぶっきらぼうに和奏の胸元に押し付けた。
「ほら。これも」
「えっ? なにこれ可愛い袋……」
「……この前の、遊園地とホテルの分のお返し。貰いっぱなしは俺のプライドが許さない。開けろ」
和奏はきょとんとした後、慎重にリボンをほどいた。
袋の中から現れた、透明感のある綺麗なひまわりの髪留め。
夕暮れの光を反射して、黄色い花びらがきらきらと輝いている。
「これ……ひまわり……?」
「……お前に、似合うと思って。駅前のモールで、店員に変な目で見られながら買ったんだ。文句は受け付けん」
顔が熱くなるのを隠すように、俺はフライパンのハンバーグをひっくり返した。
背後で、和奏が静かになる。
いつもなら「きゃー!橘くん大好きー!」と大騒ぎするはずのあいつが、一言も喋らない。
俺は拓海たちとの挨拶を早々に済ませ、カバンの中に黒毛和牛の挽き肉とデミグラスソース、そしてひまわりの髪留めが入った紙袋を忍ばせて帰路についた。
いつもなら駅のホームや坂道の途中で「橘くーん!」と背中に飛びついてくるはずの騒がしい影は、今日に限って見当たらない。
スマホを確認しても、メッセージは既読にすらなっていなかった。
「……あいつ、本当に気まぐれだな」
マンションの階段を上り、鍵を開けて自室に入る。
静まり返った狭いワンルーム。
俺は制服のブレザーを脱ぎ捨てると、すぐにキッチンに立った。
スマホでレシピサイトを何度もスクロールしながら、玉ねぎを極限まで細かくみじん切りにする。
フライパンで飴色になるまでじっくり炒め、それを冷ましている間に、ボウルに国産黒毛和牛の合い挽肉を投入した。
「……手が冷てぇ」
感覚が凍りつく。
あいつを驚かせたい。いつも貰いっぱなしの俺が、あいつの度肝を抜いてやるんだ。
成形したハンバーグをフライパンに並べ、ジウジウと肉汁が弾ける良い音が部屋に満ち始めた、その時だった。
コンコン、と玄関のドアが叩かれた。
「橘くん!開いてるー!?突撃晩御飯だよー!」
案の定、インターホンも鳴らさずにドアノブがガチャガチャと音を立てる。
俺は慌ててフライパンの火を弱め、エプロンをつけたまま玄関へと向かい、勢いよくドアを開けた。
「遅い。メッセージも無視しやがって」
「ひゃあ!?びっくりしたぁ……。起きてたよ、起きてたってば!ちょっと他クラスの女子にノート借りるの捕まっちゃってさ。……って、えええ?」
和奏はいつものように大きなスクールバッグを抱えて、廊下で大騒ぎしようとした瞬間に固まった。
その大きな瞳が、俺の紺色のエプロンと、部屋の奥から漂ってくるデミグラスソースの匂いに釘付けになっている。
「橘くんが……エプロン……?しかもこの匂い、まさか、ハンバーグ……!?」
「うるさい。近所迷惑だろ、早く入れ」
俺は顔を背け、和奏の腕を引っ張って室内に引き入れた。
和奏は靴を脱ぐのももどかしいといった様子で、パタパタとキッチンまで付いてくる。
「嘘、嘘でしょ?あの、食べる専門の貯金マシーンだった橘くんが料理!?しかもこれ、めちゃくちゃいいお肉の匂いがするんだけど!」
「お前がいつも、安物の惣菜ばっかり買ってくるからだ。たまには本物のハンバーグっていうのを教えてやろうと思ってな」
「安物って言うなー!あれでも私、一生懸命選んで……。え本当に私のために作ってくれたの?」
キッチンに並ぶ、丁寧に形を整えられたハンバーグ。
和奏は信じられないものを見るように、両手を頬に当てて目を輝かせている。
その姿があまりにも嬉しそうで、俺はカバンの中から、あらかじめ用意しておいた淡いピンク色の小さな紙袋を、ぶっきらぼうに和奏の胸元に押し付けた。
「ほら。これも」
「えっ? なにこれ可愛い袋……」
「……この前の、遊園地とホテルの分のお返し。貰いっぱなしは俺のプライドが許さない。開けろ」
和奏はきょとんとした後、慎重にリボンをほどいた。
袋の中から現れた、透明感のある綺麗なひまわりの髪留め。
夕暮れの光を反射して、黄色い花びらがきらきらと輝いている。
「これ……ひまわり……?」
「……お前に、似合うと思って。駅前のモールで、店員に変な目で見られながら買ったんだ。文句は受け付けん」
顔が熱くなるのを隠すように、俺はフライパンのハンバーグをひっくり返した。
背後で、和奏が静かになる。
いつもなら「きゃー!橘くん大好きー!」と大騒ぎするはずのあいつが、一言も喋らない。



