雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ


俺はベッドの端に座る和奏の後ろに立ち、彼女の柔らかい、サラサラとした髪に指を通した。
温かい風と共に、彼女のシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「……橘くんの手、すっごく優しいね」
和奏が小さく呟いた。

「……からかうな。ただ乾かしてるだけだ」
「からかってないよぉ。あー、気持ちよくて眠くなってきちゃった……」
和奏はそのまま、後ろにいる俺の胸元に、コテッと自分の頭を預けてきた。
背中に触れる、彼女の華奢な体温。

俺の手がピタッと止まる。真顔を維持するなんて、もうとうに限界だった。
心臓の音が和奏に聞こえてしまうんじゃないかと本気で焦る。
「和奏、乾いたぞ。……もう寝るぞ」
「はーい……。橘くん、おやすみ」
ドライヤーを消すと、和奏はそのままベッドに潜り込み、毛布を頭まですっぽりと被ってしまった。
本当に眠かったらしい。

数秒後には、すやすやと寝息が聞こえ始めた。
俺はその隣に、恐る恐る体を滑り込ませた。
キングサイズのベッドは広いはずなのに、和奏の体温がすぐ近くにあるように感じられて、結局俺は、夜景を見つめたまま一睡もできない夜を過ごすことになった。

カーテンの隙間から、眩しい朝の光が差し込んできた。
俺はゆっくりと上体を起こす。
隣を見ると、和奏はまだ毛布にくるまったまま、幸せそうな顔で眠っていた。

チェックアウトを済ませ、私たちは朝の静かな街へと出た。
昨日までの夢のような時間が嘘みたいに、いつもの日常の風景が広がっている。
電車の席に揺られながら、私たちはほとんど言葉を交わさなかった。
だけど二人だけの秘密を共有した後の特別な空気だった。

最寄り駅に着き、いつもの見慣れた住宅街の道を歩く。
俺の家の玄関の前に到着したところで、和奏は足を止め、振り返って俺に微笑みかけた。
「橘くん、お家に着いたね。……二日間、私のわがままに付き合ってくれてありがとう」
「俺の方こそ……全部おごらせちゃって、悪かった。ありがとな、和奏。楽しかったよ」
俺が真顔のまま、だけど少しだけ声を柔らかくしてそう言うと、和奏は一瞬きょとんとした後、今日一番の、本当にひまわりが咲いたような眩しい笑顔を見せた。

「えへへ、橘くんから楽しかったって聞けたら、私の投資は大成功!じゃあ、また明日、学校でね!明日はお弁当、気合入れて作っちゃうから!」
和奏は元気に手を振ると、軽やかな足取りで坂道を下っていった。
彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は自宅の鍵を開けて中に入る。
静まり返った我が家。

だけど、胸の奥には、和奏がくれたあの甘くて温かい熱が、消えることなく確かに残り続けていた。