雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

気づいたとき、俺は白い空間に立っていた。
消毒液の臭い。
そこが病院の廊下なのだと理解するまでに、数分の時間を要した。

頭上が眩しい。
天井に埋め込まれたLEDライトの光は壁の白さを際立たせている。

「……瑞稀、くん」
親戚の誰かが俺の肩を叩いた気がしたが、その声は水中にいるみたいに霧散した。

次に俺の目に映ったのは、病室のベッドの上で横たわる詩織の姿だった。
小さな身体に多くの管が繋がれている。

「あ……あ……」
俺は床に膝から崩れ落ちた。

実は、詩織がベランダの柵を越えてあの空へと飛び降りた瞬間から、俺には全く記憶がないのだ。
どうやって警察に連絡したのか。
どうやって救急車が来て、誰が詩織をここまで運んだのか。

覚えているのは、ただ小さく微笑んだ詩織の、あの最後の顔だけだった。
「詩織……?嘘だろ、おい……」
声を絞り出してその手を握りしめる。
彼女は固まったまま、身動き1つしなかった。

次に目を開けたとき、窓の外は白み始めていた。
どうやら俺は、1日中、詩織のベッドの横で眠ってしまっていたらしい。
ガチガチに固まった身体を起こし、微かに上下する詩織の胸を見つめる。

「……おはよう、詩織」
届くはずのない言葉を出してみる。
当然、返事なんて返って来るわけがなかった。

脳髄の奥で、誰かが「お前のせいだ」と囁き続けている。
ああもう手遅れなんだ。
詩織はこのまま一度も目を覚まさずに死んじゃうんだろうな。

息を吸うことさえ罪に思えて、胸が苦しくて仕方がなかった。

その瞬間病室のドアがスライドし、医者が中に入ってきた。
先生は俺のボロボロの姿を哀れむように見つめたあと、カルテを抱え直して非情な言葉を告げた。

「詩織さんの容態ですが……現在、非常に危ない状況に置かれています。高所からの落下による強い衝撃で、脳に重大な損傷を受けている。簡単に言えば昏睡状態に入っています。いつ目を覚ますか……それともこのまま最悪の事態になるか、今の段階では何も言えません。瑞稀くん、覚悟だけはしておいてください」

は?
脳が拒絶する。