雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

常に真顔を崩さないように努めるが、こんなお洒落な空間で、ドレスアップこそしていないものの、いつもより格好いい和奏と二人きりで向かい合っている現実に、胸の鼓動はどんどん速くなっていく。
運ばれてきた料理は、どれも目を見張るほど美しく、そして気が遠くなるほど美味かった。
前菜のカルパッチョ、濃厚なスープ、そしてメインの最高級牛フィレ肉のステーキ。

「どう? 美味しい?」
「……ああ。めちゃくちゃ美味い。お前のお惣菜も美味いけど、これもまじですごいな」
「えへへ、お惣菜と並べちゃうあたりが橘くんらしいけど、合格!あ、私のフォアグラも一口あげる。はい、あーんして?」
「職人の前でそんな恥ずかしいことできるか。自分で食う」
「ちぇー、相変わらずガードが固いなぁ。でも、橘くんの耳がちょっと赤いから、私は大満足だよ」
「……景色の光が反射してるだけ」
俺は慌てて冷たい水を口に含んだ。

真顔をキープするだけで精一杯なのに、和奏はいちいち俺の反応を楽しそうに観察してくる。
その掛け合いが、この高級な空間の緊張感を少しずつほぐしてくれた。

デザートを贅沢に平らげ、温かいコーヒーを飲み終える頃には、すっかり夜も更けていた。
「ごちそうさまでした!さあ、橘くん。お腹いっぱいになったところで、次の場所に移動しよ!」
「次?おい待て、さすがにもう夜の九時過ぎだぞ。家に戻らないと――」
「お家には戻りません!だって、今日のデートはまだ終わってないもん!」

和奏はレストランを出ると、今度はエレベーターをさらに上の階へ、客室フロアへと向かわせた。
静まり返ったフカフカの絨毯が敷かれた廊下を歩き、和奏はある一室の前で足を止める。
ポケットから取り出したのは、ホテルのカードキーだった。

「和奏、お前……ホテルまで取ってるのか?」
「そうだよ!今日はここで、橘くんと二人きりの特別なお泊まり会です!……さあ、入って入って!」
ピッ、と電子音が響き、ドアのロックが解除される。
瑞稀の頭の中が真っ白になるのを置き去りにするように、和奏はいたずらっぽく微笑みながら、秘密の部屋の扉を静かに押し開けた。