雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

夕日が完全に沈み、遊園地の景色は一変した。
昼間の賑やかな世界は影を潜め、数え切れないほどのイルミネーションが、まるで地上に降りた星のようにまたたき始めている。
「橘くん、足は大丈夫?疲れてない?」
和奏は相変わらず俺の右腕をがっちりとホールドしたまま、気遣うように顔を覗き込んできた。
「俺は元アスリートだ。これくらいでバテるか。……それより、もう帰る時間だろ。十分遊んだ」
「ノンノン、甘いよ貯金マシーンくん!ここからが、本日の和奏プレゼンツ・スペシャルデートの本番なんです!」
和奏はニヤリと笑うと、俺の腕をさらに強く引っ張った。

向かったのは、遊園地の敷地のすぐ隣にそびえ立つ、街で一番大きな一流ホテルのエントランスだった。
ガラス張りの巨大なロビーには、まばゆいシャンデリアの光が満ちている。
「おい、和奏。何なんだここ。場違いすぎるだろ、高校生の俺たちが来るような場所じゃ――」
「いいからいいから!私の言うことに大人しく従うこと、それが今日の条件でしょ?」
和奏は一切怯むことなく、俺をホテルの専用エレベーターへと押し込んだ。

ボタンが光り、エレベーターは猛烈なスピードで上昇していく。
耳がツンとする感覚の後、扉が開いた先に広がっていたのは、夜景を一望できる最高級の展望フレンチレストランだった。
「いらっしゃいませ。橘様、お待ちしておりました」
黒いスーツをばしっと着こなしたスタッフが、流れるような動作で俺たちを窓際の特等席へと案内する。
ガラスの向こうには、先ほどまでいた遊園地の観覧車が、まるで光の万華鏡のように小さく輝いていた。

「和奏……お前、これ……」
「じゃじゃーん!ここ、ずーーっと前から予約してたんだよね!橘くんに美味しいもの、いっぱい食べてもらいたくてさ!」
テーブルの上のキャンドルの火が、和奏の瞳を照らしている。
差し出されたメニューには、聞いたこともないようなフランス料理のコースが並んでいた。
もちろん、値段の表記なんてどこにもない。

「さすがにこれはやりすぎだ。いくらなんでも、お前にこんな大金を使わせるわけには」
「もー、橘くん。またその顔。お財布はカバンの中に封印」
和奏は少しだけ真面目な顔になって、テーブル越しに俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「私はね、橘くんに、明日からの元気をチャージしてほしいの。詩織ちゃんのために戦う橘くんを、私は全力でおもてなししたいの。だから……ほんとに何も気にしないで、美味しく食べて?」
そう言われてしまったら、俺はもう何も言えなかった。