「……絶対に言わない。あと、静かにしろって言っただろ」
「あは、また怒られた。でもさ、もし私たちがこの小説の主人公だったら、今頃こうやって一つの机で内緒の話をしながら、こっそり手を繋いだりしちゃうんだよ?ほら、こんな風に」
和奏は机の下で、俺の制服の袖をちょんちょんと突っついてきた。
「おい、離せ。本が読めない」
「冷たいなぁ。橘くん、ちょっとは私と付き合ってくれたっていいじゃん。お寿司も奢ってあげたんだし、私は橘くんの非公認・専属栄養士!」
「覚えはない」
「もー、そーゆー言葉多い!もっとバリエーション増やしてよ。たとえばさ、和奏がいてくれて嬉しいとかさ!」
和奏はぷくっと頬を膨らませて、持っていた恋愛小説で自分の顔を半分隠した。
本の上から覗く大きな瞳は、人形のようにキラキラと輝いている。
「……お前、本当に暇なんだな」
「暇じゃないよ?橘くんを観察するっていう、すっごく重要な任務があるんだから。あ、見て!この小説の次のページ、男の子が女の子の頭をポンポンってしてる!橘くん、これやって。はい、手を頭に乗せて」
和奏が頭を差し出してくる。
サラサラとした短い髪が、俺の腕に微かに触れた。
「やるわけないだろ。何やってるんだお前は」
「ケチ。拓海くんたちにはあんなに素直にありがとうって言えるのに、私にはいつもツンツンじゃん。ちょっとは私とも、こういう甘い雰囲気になりたいなーとか思わないの?」
「思わない。俺は今、それどころじゃない」
「知ってる。知ってるけど、たまには息抜きも必要でしょ?貯金マシーンくん。……あ、この本、最後は二人が両想いになってハッピーエンドなんだって。いいなぁ、こんな風に、大好きな人とずーっと一緒にいられたら、本当に幸せだろうな」
和奏は本を机に置き、窓の外を眺めた。
図書室の窓の向こうでは、灰色の雲がゆっくり流れている。
「……和奏」
「ん?なに、橘くん。ついに頭ポンポンしてくれる気になった?」
「そうじゃない。お前、さっきから恋愛小説ばっかり読んでるけど、現実の恋愛とか、興味あるのか」
「あるに決まってるじゃん!女の子だもん。私はね、もし好きな人ができたら、毎日お惣菜を作って、毎日会いに行って、その人が困ってたら絶対に助けるんだ。……あ、これ、今の橘くんにやってることとおんなじだね」
和奏はにやにやと悪い笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んできた。
「……からかうな」
「からかってないよ?私はいつでも本気。ほら、その難しい本ばっかり見てないで、ちょっとは私の顔見てよ。恋愛小説のヒロインより、私の方が可愛いでしょ?」
「……ハンバーグは美味かったよ」
俺がボソッと呟くと、和奏は一瞬きょとんとしたあと、顔を一気に真っ赤に染めた。
「えっ……?な、なにそれ!急にデレるの反則じゃん!心臓に悪いから、もう一回言って!」
「ハンバーグが……美味かった……」
「んへぇ、うれしい。明日から、もーっと美味しいお弁当作っちゃうんだからね」



