「……おかしいんだよ、最初から全部」
一歩、俺は和奏の方へ身体を寄せる。
「お前は、ただの他クラスの同級生だろ。話したこともなかったはずだ。なのに、なんで俺の欲しいものを、俺の状況を、全部知っている?……お前本当、誰なんだ」
俺の真っ直ぐすぎる問いかけに、和奏は一瞬だけ目を丸くして動きを止めた。
その表情に哀切がかすかに過った気がした。
だが、次の瞬間には、彼女はいつもの眩しい笑顔で、ふふっ、と小さく吹き出した。
「なーんだ、そんなこと?橘くんが怖い顔するから、本当に身構えちゃったじゃん。だーかーら、それは女の子の秘密」
和奏は箱の縁に指を這わせながら、パイプ椅子の上で足をぶらぶらさせるみたいに、ベンチの上で小さく身体を揺らした。
「あのね、橘くん。橘くんは私のことただの他クラスの同級生って言うけどさ……私はね、橘くんが思ってるより、ずーっと、ずーっと前から、橘くんのことを見てたんだよ?」
「……前から?」
「そう。バスケ部のエースとしてコートで誰よりも輝いてたとこも、ボロボロになって職員室から引退届を持って出てきたとこも、私は全部見てたの」
和奏はストローをくわえるような仕草で、視線を遠くへ向けた。
「妹さんのために、プライドを全部捨ててでも、絶対にお金が必要なことくらい……ちょっとストーカー気質で、健気な他クラスの女子なら、調べればすぐ分かっちゃうんだよ。橘くん、学校でも有名人だったしね」
「そんなことで、あんな鍵の閉まった部屋に」
「はい、質問タイムは終了!」
和奏はパンッと両手で勢いよくクラップすると、俺の胸元に、無理やり割り箸を押し付けてきた。
「偽善でもストーカーでも何でもいいじゃん!私は橘くんの味方。まー理由なんて、それだけで十分でしょ?ほら、ハンバーグが冷めちゃう前に食べて」
あはは、と笑ってベロを出す彼女のペースに、俺は結局、今日も勝てそうになかった。
差し出された箸を見つめ、ゆっくりと指をかける。
すれ違いざまに風に揺れた彼女の髪からは、いつかも感じたあの夏の冷たい雨の残滓のような、切ない匂いがかすかに漂っていた。
だけど、彼女がずっと前から自分を見ていてくれたというその言葉の温かさが、俺の乾ききった胸の奥に、確かにゆっくりと染み渡っていくのが分かった。



