雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

日曜日の昼下がり、市内の総合病院の最上階。
リノリウムの床を歩く俺と和奏の足音が廊下に響いていた。

俺の手には、途中の花屋で買った、白いかすみ草の花束が握られている。
「……ここだ」
病室のドアの前で、俺は足を止めた。
胸の奥が、未だに錆びついた釘で刺されたようにジンと痛む。

「橘くん」
和奏が俺の袖をそっと引いた。
その顔は祈るような表情をしていた。

「大丈夫だよ。入ろう」
和奏の声は驚くほど静かで俺の心をまっすぐに支えてくれた。

ドアを横にスライドさせると、あの消毒液の臭いと人工呼吸器のビープ音が俺たちを迎えた。
カーテンの隙間から差し込む白い光の真ん中。
詩織が、まるで魂を抜かれた小道具のように横たわっていた。
幾本もの管に繋がれ、微かに上下するだけの胸。
「詩織。……連れてきたよ」
声を乾いた唇から零してみる。

俺はかすみ草をベッド脇の小さな花瓶に挿し、その横に和奏を促した。
和奏はベッドに近づくと、息を呑んだまま、じっと詩織の顔を見つめていた。
その大きな瞳が、微かに潤んでいるように見える。

「……初めまして、詩織ちゃん。お兄ちゃんを、いつもお借りしてます。和奏だよ」
和奏は詩織の動かない手元に、そっと自分の手を近づけた。
だけど、あと数センチというところで、なぜかその手を躊躇うように引っ込めて、自分の胸元できゅっと握り締めた。

「橘くん、詩織ちゃんね、綺麗な顔をしてる。橘くんに、ちょっと鼻のあたりが似てるね」
「そうか?こいつ、昔はもっと生意気な顔して、俺の後ろをずっとついてまわってたんだよ」