雨色な君の心に半透明な傘を翳すころ

翌日の昼休み。学校の校舎は、昨日と変わらない脳天気な喧騒に包まれていた。
だが、バスケ部の部室の中だけは、まるで通夜のように重苦しい空気が漂っている。
「クソがッ!!!」
ドンッ!!!と、部室の頑丈なスチール製のロッカーを、拓海が拳で激しく殴りつけた。
凄まじい衝撃音が響き、ロッカーの扉が鈍く凹む。拳からは赤黒い血が滲んでいたが、拓海はそんな痛みを気にする様子すらなく、荒い息を吐きながら壁に背中を預けた。
「俺は、何がキャプテンだ……。何が相棒だ……! 目の前であいつが死にそうになってるのに、かける言葉一つ見つけられずに、逃げるように帰ってくるなんて……!」

拓海は頭を抱え、部室のベンチにドサリと座り込んだ。
いつも冷静で、女子生徒たちの憧れの的である完璧な拓海先輩のそんな取り乱した姿を、木村は初めて見た。

木村もまた、ユニフォームに着替える気力すらなく、床にパイプ椅子を置いて力なく座り込んでいた。
「俺も、悔しいです……。瑞稀先輩が、あのコートで誰よりも輝いてた時のことを知ってるからこそ、昨日のあの姿が、頭から離れなくて。でも、俺……怖かったんです。あのまま声をかけたら、瑞稀先輩が本当にどこか遠くへ消えちゃいそうで」
木村の大きな瞳から、またポロポロと涙が溢れ落ちる。

「あいつの家の状況、俺たちがいくらカンパしたところで、どうにかなる額じゃねえんだよな。生活保護を受けてるってことは、下手に俺たちが金を貸したりしたら、あいつの立場をさらに悪くする可能性もある」
拓海は前髪を乱暴にかき上げ、天井を見つめた。
「あいつが欲しいのは、憐れみのアドバイスじゃない。詩織ちゃんを救うための、本物の金と、あいつの心を動かす何かだ」

その時、木村がハッと思い出したように顔を上げた。
「……そういえば、先輩。昨日、昼間に瑞稀先輩を連れて行った、あの他クラスの女子生徒。和奏さんでしたっけ。彼女、瑞稀先輩のバイトのこと、知ってる風でしたよね」
拓海の目が、微かに細められる。
「ああ。思い返せば、あいつが提示したお惣菜だの、バイトの条件だの、まるで瑞稀が今、一番欲しいものを最初からすべて知っているみたいだった」
「彼女、一体何者なんですかね?瑞稀先輩、他クラスの女子と仲良くするようなタイプじゃないですし、何よりあの人があんなに素直に誰かの言うことを聞くなんて、普通じゃありえません」

拓海は立ち上がり、部室の窓から、瑞稀のいるはずの3年の教室の方向を見つめた。
「……分からん。だが、あいつが瑞稀の救いになっているのは確かだ。俺たちが踏み込めないあいつの領域に、あの和奏って女子だけは、いとも簡単に上がり込んでる」

拓海は滲む拳をぎゅっと握り締め、心の中で誓った。
俺たちがコートを守り続けるだけじゃ足りない。あいつをもう一度引っ張り出すためには、あの少女の存在、そして瑞稀を取り巻く本当の現実を、もっと深く知る必要がある。
「木村。あいつが戻ってくる場所は、俺たちが絶対に死守する。だがそれとは別に、あの和奏って女子のことも、少し調べてみる」