あの少女が瑞稀を見つめていた目は、ただの同級生に向けるそれにしては、あまりにも深く、そして底知れない暗闇を孕んでいるように見えたのだ。
「とにかく、このままあいつが自滅していくのを指をくわえて見てるわけにはいかない」
拓海はスポーツドリンクを飲み干すと、空き缶をゴミ箱へ完璧な放物線で放り込んだ。
カシャン、と小気味良い音が響く。
「行くぞ、木村。今夜、あいつの職場を突き止めて、直接引きずり戻す。あいつにお前を待ってる場所があるってことを、身体に叩き込んでやるんだよ」
夕闇の中、拓海の鋭い瞳が、不敵にかっこよく輝いた。
「はいっ……!俺、どこまでもついていきます!」
午前1時。都会のネオンが怪しく輝く駅前通りを、拓海と木村の二人は歩いていた。
昼間の猛暑が嘘のように、夜の街には湿った不穏な風が吹き抜けている。
頭上には重い灰色の雲が垂れ込めていた。
「先輩、あそこです……!」
木村が指差した先には、和奏が昼間に瑞稀に勧めていた、あのガラス張りの高級フィットネスジムがあった。
営業時間はすでに終了しており、館内の明かりは落とされ、防犯用の薄青い間接照明だけが、無機質なフロアを照らしている。
ガラス越しに中を覗き込むと、広大なフリーウエイトエリアの奥に、一人の少年が立っているのが見えた。
黒いパーカーの袖を捲り上げ、一本のタオルとスプレーを持って、黙々とベンチプレスを拭き上げている。瑞稀だ。
「瑞稀……」
拓海はその姿を見て、胸が締め付けられるような衝撃を覚えた。
かつてコートの上で、誰よりも獰猛に、誰よりも輝く笑顔でボールを追いかけていた男が、今、誰もいない暗闇の中で、まるで機械のように無感情に指先を動かしている。
その背中は、見ているこちらが息苦しくなるほどに孤独だった。
「行きましょう、先輩!」
木村が自動ドアへ駆け寄ろうとしたが、拓海がその肩をガシッと掴んで制した。
「待て。正面からは鍵がかかってて入れねえ。夜間清掃の搬入口か、スタッフ用の裏口があるはずだ。裏へ回るぞ」
二人がビルの脇の、薄暗い路地裏へと足を踏み入れた、その時だった。
ポツ、と、冷たい水滴が拓海の頬に落ちた。
「雨……か?」
木村が空を見上げる。だが、降ってきたのはただの雨ではなかった。
一瞬にして激しい土砂降りの豪雨が、夜の街を白く塗り潰し始めたのだ。
ザーーーーー、という、鼓膜を圧迫するような激しい雨の音。
あの日。二年前の両親の事故の夜と同じ、容赦のない冷たい雨。
「クソッ、急ぐぞ!」
拓海が木村の手を引っ張り、スタッフ用の重い鉄扉へと手をかけた。
幸いにも、ゴミ出しのためか、扉はほんの数センチだけ隙間が開いていた。
二人は滑り込むようにして、深夜のジムの内部へと侵入した。
冷たいエアコンの風と、微かなアルコールの臭いが鼻を突く。
雨音は建物の壁に遮られ、遠くでざあざあと響く不気味なノイズへと変わっていた。
「瑞稀!」
拓海が暗いフロアに足を踏み入れ、声を張り上げようとした、まさにその瞬間。
拓海の身体が、凍りついたようにピタリと止まった。
隣にいた木村も、息を呑んだまま、目を見開いて固まっている。
広いマシンプールの中心。ランニングマシンの横で、へたり込むようにして床に座り込んでいる瑞稀の姿があった。
深夜の重労働と睡眠不足、そして精神的な摩耗。
限界を迎えたあいつの身体は、タオルの上で小刻みに震えていた。
「とにかく、このままあいつが自滅していくのを指をくわえて見てるわけにはいかない」
拓海はスポーツドリンクを飲み干すと、空き缶をゴミ箱へ完璧な放物線で放り込んだ。
カシャン、と小気味良い音が響く。
「行くぞ、木村。今夜、あいつの職場を突き止めて、直接引きずり戻す。あいつにお前を待ってる場所があるってことを、身体に叩き込んでやるんだよ」
夕闇の中、拓海の鋭い瞳が、不敵にかっこよく輝いた。
「はいっ……!俺、どこまでもついていきます!」
午前1時。都会のネオンが怪しく輝く駅前通りを、拓海と木村の二人は歩いていた。
昼間の猛暑が嘘のように、夜の街には湿った不穏な風が吹き抜けている。
頭上には重い灰色の雲が垂れ込めていた。
「先輩、あそこです……!」
木村が指差した先には、和奏が昼間に瑞稀に勧めていた、あのガラス張りの高級フィットネスジムがあった。
営業時間はすでに終了しており、館内の明かりは落とされ、防犯用の薄青い間接照明だけが、無機質なフロアを照らしている。
ガラス越しに中を覗き込むと、広大なフリーウエイトエリアの奥に、一人の少年が立っているのが見えた。
黒いパーカーの袖を捲り上げ、一本のタオルとスプレーを持って、黙々とベンチプレスを拭き上げている。瑞稀だ。
「瑞稀……」
拓海はその姿を見て、胸が締め付けられるような衝撃を覚えた。
かつてコートの上で、誰よりも獰猛に、誰よりも輝く笑顔でボールを追いかけていた男が、今、誰もいない暗闇の中で、まるで機械のように無感情に指先を動かしている。
その背中は、見ているこちらが息苦しくなるほどに孤独だった。
「行きましょう、先輩!」
木村が自動ドアへ駆け寄ろうとしたが、拓海がその肩をガシッと掴んで制した。
「待て。正面からは鍵がかかってて入れねえ。夜間清掃の搬入口か、スタッフ用の裏口があるはずだ。裏へ回るぞ」
二人がビルの脇の、薄暗い路地裏へと足を踏み入れた、その時だった。
ポツ、と、冷たい水滴が拓海の頬に落ちた。
「雨……か?」
木村が空を見上げる。だが、降ってきたのはただの雨ではなかった。
一瞬にして激しい土砂降りの豪雨が、夜の街を白く塗り潰し始めたのだ。
ザーーーーー、という、鼓膜を圧迫するような激しい雨の音。
あの日。二年前の両親の事故の夜と同じ、容赦のない冷たい雨。
「クソッ、急ぐぞ!」
拓海が木村の手を引っ張り、スタッフ用の重い鉄扉へと手をかけた。
幸いにも、ゴミ出しのためか、扉はほんの数センチだけ隙間が開いていた。
二人は滑り込むようにして、深夜のジムの内部へと侵入した。
冷たいエアコンの風と、微かなアルコールの臭いが鼻を突く。
雨音は建物の壁に遮られ、遠くでざあざあと響く不気味なノイズへと変わっていた。
「瑞稀!」
拓海が暗いフロアに足を踏み入れ、声を張り上げようとした、まさにその瞬間。
拓海の身体が、凍りついたようにピタリと止まった。
隣にいた木村も、息を呑んだまま、目を見開いて固まっている。
広いマシンプールの中心。ランニングマシンの横で、へたり込むようにして床に座り込んでいる瑞稀の姿があった。
深夜の重労働と睡眠不足、そして精神的な摩耗。
限界を迎えたあいつの身体は、タオルの上で小刻みに震えていた。



