恋を知らない私への処方箋――エリート上司と癒やし系同僚がくれる、ほんものの愛

 就業時間が終わると、私は会社の裏手へ向かった。
 休み時間に、この場所で待っていると桐生さんへメッセージを送ってある。

 土岐くんと出かけることはきちんと伝えておきたかった。変な誤解をさせたくないし、曖昧なままにするのも嫌だったから。

 会社の裏手は人目が少なく話をするには都合がいい。彼と落ち合うのも、いつもここだった。

 肌寒い風が体を撫で、私は小さく肩をすくめる。日はすでに沈みかけ、あたりは薄暗い。
 街灯が足元をぼんやり照らしていて、その明かりを見つめていると、ふっと寂しい気持ちになった。


「ごめん! お待たせ」

 息を切らした桐生さんがこちらへ駆け寄ってくる。

 その表情はどこか嬉しそうだった。

「すみません。忙しいのに、呼び出してしまって」

 小さく頭を下げると、目の前に立った桐生さんがやわらかく笑う。

「ううん、いいんだ。っていうか嬉しかった」

 え? どういう意味?
 目を丸くして見つめると彼は少し視線を外して続けた。

「いや、あれ以来なかなか話す機会がなくてさ。いろいろ考えちゃって……。よかった」

 大きく息を吐いて、また微笑む。

「嫌われたのかと思って焦った。なんだか避けられてる気がして。
 どうにか話したかったのにうまくできなくて。このまま自然消滅するのは嫌だなって思ってたから。
 だから、呼び出してくれて……本当に嬉しかったんだ」

 にこっと笑ったその顔は、まるで少年みたいで。無邪気な光につい見惚れてしまう。

 そんなふうに思ってくれていたなんて。どうしよう。すごく嬉しい。

「……そんな。私のほうこそ、嫌われたのかなって思ってました」

「なんでだよ! 君を嫌うわけないだろ。
 ずっと好きだったんだから――」

 しまった、という顔で桐生さんは急に口をつぐむ。

「ずっと、って?」

 意味がわからなくて、私は目を瞬かせた。

「あ、いや……その、なんだ。
 実は俺、今の部署に配属される前から、望月さんのことを知ってたんだ」

 えええ!? は、初耳なんですけど。

「それ、どういうことですか?」

 問い返すと、彼は恥ずかしそうに頬を染めながら話し始めた。

 営業部にいた頃、社内で私を見かけて気になったこと。何度か姿を追ううちに、少しずつ想いが膨らんでいったこと。
 異動したのも私に近づきたかったから。営業部から企画開発部へ来たのは、偶然じゃなかったという。

 私はぽかんと口を開けたまま、彼の話に耳を傾けていた。

「けっこう大変だったんだ。異動願い、なかなか認められなくてさ。
 だから、これでもかってくらい頑張った。誰にも文句を言わせないくらいの成績を出して、それから改めて願い出たんだ」

 少し肩をすくめるようにして、彼は続ける。

「もちろん引き留められたよ。けど、頑として譲らなかった。上も相当ごねてたけど、最後は俺の意志を尊重してくれた」

 可笑しそうに笑って、

「まあ、俺に根負けしたって感じだね」

 と付け加えた。

 そ、そんな理由だったなんて。まったく知らなかった。
 ……っていうか前から私のことが好きだった?
 そっちのほうが、衝撃なんですけど。

 どうして? なんで?
 疑問ばかりが次々と浮かんで頭が追いつかない。

 熱を帯びた視線を向けられて、胸が高鳴る。

「君の近くにいたかった。そして、いつか想いを告げるって決めてた」

 桐生さんが一歩近づき、私を引き寄せた。
 大きくてあたたかな体温に包まれ、彼の鼓動が確かに伝わってくる。

「どれだけ君を好きか、知らないだろ。
 俺のほうが、ずっと前から君に惹かれてたんだから」

 真剣な瞳に見つめられて、逃げ場がなくなる。
 鼓動が早まり、息の仕方までわからなくなった。

 そんなの、知らない。知るわけないし、想像だってできない。

 彼が……私を?

 私のほうが好きで振り回されて、いつか嫌われて捨てられるんじゃないかって思ってたのに。

 こんな展開、誰が想像できるだろう。

「俺は君の(とりこ)だから。何も心配しないで。
 ごめん、いろいろ不安にさせてしまって」

 彼は少し照れたようにはにかんだ。

「……こういうの初めてでさ。心から好きだって思う女の子の前では、こんなに不器用になるんだって。こんな自分、知らなかった」

 視線を落として、それからゆっくりとこちらを見る。

「君が、はじめてだよ」

 見つめ合う。その瞳に、吸い込まれてしまいそう。

 嬉しい。嬉しいけど……もうわけがわからない。

 見つめ返すことしかできない。
 そのまま、優しい口づけがそっと落ちた。