朝の光が窓から差し込み、爽やかな今日がはじ……まらない。
けっきょく、あれから一睡もできないまま、寝不足の朝を迎えた。
鏡を見れば、やつれた自分が映っている。
ひどい顔。目の下にはしっかりとくまができていた。それをコンシーラーで隠しながら大きく息を吐く。
桐生さんと今日も顔を合わせるよね。同じ部署なんだから当たり前か。どんな顔をして会えばいいんだろう。
気まずいなあ。でも、変な態度を取ったら彼も嫌だよね。
ここはいつも通り。うん、そうだよね。
そう思い直し、準備を済ませて勢いよく家を出た。
――けれど、その勢いはあっけなく削がれることになる。
会社に着いてすぐ、足が止まった。
エレベーター前にいるのは桐生さんで、私は少し離れた場所から見つめることしかできない。
どうして話しかけないのかって? だって彼は今、女性社員に囲まれて楽しそうに談笑している。
せっかく覚悟を決めて来たのに、なんて運が悪いんだろう。自分の運のなさを内心でぼやいた。
この状態じゃ、声なんてかけられない。
でも、無視して通り過ぎるのも、それはそれでどうなんだろう。
迷っていると、後ろから声がかかった。
「おはよう、望月さん」
振り向くと、土岐くんが立っていた。
爽やかな笑顔に少しほっとする。
「おはよう、土岐くん」
「どうしたの? こんなところで」
そう聞かれて、答えに詰まったまま桐生さんのほうを見てしまう。
「あ、そういうことか」
土岐くんは納得したように小さく頷いた。
「よかったら、運動がてら階段で行かない?」
そう言って、にこりと微笑まれる。
突然の提案に戸惑っていると、「いいから、いいから」と軽く背中を押された。
私は促されるまま、エレベーターを通り過ぎて階段へ向かった。
階段をのぼりながらそっと隣に目をやると、そこに土岐くんがいる。それだけで、張っていた気持ちが少しゆるんだ。
こういうのも、たまには悪くないかもしれない。
少しの沈黙のあと、彼が口を開いた。
「……あのさ」
「な、なに?」
さっきのこともあって、ちょっと気まずい。
「聞きにくいんだけど、桐生さんと、うまくいってないの?」
ああ、やっぱり心配してくれてる。だからさりげなく助けてくれたんだ。
どうしよう、さすがに今回のことは相談しづらい。
「う、うん。ちょっと」
適当に誤魔化しながら、ぎこちなく笑ってみせた。
「そっか。でも、きっと大丈夫だよ。
桐生さんいい人だし、すぐに仲直りできるって。二人ともとてもお似合いだよ」
天使みたいな微笑みに、心があたたかくなる。
「……ありがとう」
感動していると、土岐くんは照れくさそうに笑った。その表情がまた可愛い。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?
前から疑問だったんだけど、土岐くんは、なんでそんなに親切にしてくれるの?」
率直な気持ちだった。ことあるごとに慰めてもらっている。
彼の性格なのかもしれないけど、誰にでもこんなふうに優しいのかな。それとも、私だけ?
なんて、そんなわけないよね。
「え? そ、それは……」
土岐くんが戸惑ったようにあたふたした、そのとき。
「よお、おはよう!」
後ろから声がかかり、土岐くんの肩がびくっと跳ねた。
振り返ると、男性が階段を駆け上がってくる。よく見れば、この前食堂で会った土岐くんの同僚だった。
彼は私たちの前で足を止め、にこりと笑う。
「あ、邪魔だった?」
ちょっとにやけた表情で土岐くんを見る。
「な、なにがだよ! おはよう。ほら、行くぞ」
土岐くんは慌てた様子で彼の背中を押し、そのまま階段をのぼっていった。
「望月さん、また今度ね」
途中で一度だけ振り返り、そっと優しく笑う。その背中は、やがて階段の向こうへ消えていった。
けっきょく、あれから一睡もできないまま、寝不足の朝を迎えた。
鏡を見れば、やつれた自分が映っている。
ひどい顔。目の下にはしっかりとくまができていた。それをコンシーラーで隠しながら大きく息を吐く。
桐生さんと今日も顔を合わせるよね。同じ部署なんだから当たり前か。どんな顔をして会えばいいんだろう。
気まずいなあ。でも、変な態度を取ったら彼も嫌だよね。
ここはいつも通り。うん、そうだよね。
そう思い直し、準備を済ませて勢いよく家を出た。
――けれど、その勢いはあっけなく削がれることになる。
会社に着いてすぐ、足が止まった。
エレベーター前にいるのは桐生さんで、私は少し離れた場所から見つめることしかできない。
どうして話しかけないのかって? だって彼は今、女性社員に囲まれて楽しそうに談笑している。
せっかく覚悟を決めて来たのに、なんて運が悪いんだろう。自分の運のなさを内心でぼやいた。
この状態じゃ、声なんてかけられない。
でも、無視して通り過ぎるのも、それはそれでどうなんだろう。
迷っていると、後ろから声がかかった。
「おはよう、望月さん」
振り向くと、土岐くんが立っていた。
爽やかな笑顔に少しほっとする。
「おはよう、土岐くん」
「どうしたの? こんなところで」
そう聞かれて、答えに詰まったまま桐生さんのほうを見てしまう。
「あ、そういうことか」
土岐くんは納得したように小さく頷いた。
「よかったら、運動がてら階段で行かない?」
そう言って、にこりと微笑まれる。
突然の提案に戸惑っていると、「いいから、いいから」と軽く背中を押された。
私は促されるまま、エレベーターを通り過ぎて階段へ向かった。
階段をのぼりながらそっと隣に目をやると、そこに土岐くんがいる。それだけで、張っていた気持ちが少しゆるんだ。
こういうのも、たまには悪くないかもしれない。
少しの沈黙のあと、彼が口を開いた。
「……あのさ」
「な、なに?」
さっきのこともあって、ちょっと気まずい。
「聞きにくいんだけど、桐生さんと、うまくいってないの?」
ああ、やっぱり心配してくれてる。だからさりげなく助けてくれたんだ。
どうしよう、さすがに今回のことは相談しづらい。
「う、うん。ちょっと」
適当に誤魔化しながら、ぎこちなく笑ってみせた。
「そっか。でも、きっと大丈夫だよ。
桐生さんいい人だし、すぐに仲直りできるって。二人ともとてもお似合いだよ」
天使みたいな微笑みに、心があたたかくなる。
「……ありがとう」
感動していると、土岐くんは照れくさそうに笑った。その表情がまた可愛い。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?
前から疑問だったんだけど、土岐くんは、なんでそんなに親切にしてくれるの?」
率直な気持ちだった。ことあるごとに慰めてもらっている。
彼の性格なのかもしれないけど、誰にでもこんなふうに優しいのかな。それとも、私だけ?
なんて、そんなわけないよね。
「え? そ、それは……」
土岐くんが戸惑ったようにあたふたした、そのとき。
「よお、おはよう!」
後ろから声がかかり、土岐くんの肩がびくっと跳ねた。
振り返ると、男性が階段を駆け上がってくる。よく見れば、この前食堂で会った土岐くんの同僚だった。
彼は私たちの前で足を止め、にこりと笑う。
「あ、邪魔だった?」
ちょっとにやけた表情で土岐くんを見る。
「な、なにがだよ! おはよう。ほら、行くぞ」
土岐くんは慌てた様子で彼の背中を押し、そのまま階段をのぼっていった。
「望月さん、また今度ね」
途中で一度だけ振り返り、そっと優しく笑う。その背中は、やがて階段の向こうへ消えていった。
