恋を知らない私への処方箋――エリート上司と癒やし系同僚がくれる、ほんものの愛

 そして翌日のランチタイム。私は土岐くんに誘われて食堂へやってきた。
 ちょうど声をかけようと思っていたところだった。これ、以心伝心ってやつ?

「あそこに座ろう」

 ふたりで窓際の席へ腰を下ろす。

 今日は二人とも同じメニュー。人気の和食定食で、これがなかなか美味しい。いわゆるおふくろの味ってやつだ。

「いただきます」

 箸を進めながら、他愛ない話を続ける。
 土岐くんとはいつも自然と会話が弾むから不思議だ。まるでずっと前から気心が知れているみたいで、変に気を張らなくていい。

 ふと会話が途切れたそのとき。

「ね、もしかして元気ない?」

 じっと見つめられて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 さすがだ。彼には何でも見抜かれてしまう。
 土岐くんって、人の気持ちを察するのが上手なのかな。それとも、ただ優しいから気づいてしまうだけ?

 ……どうしよう。相談してみようかな。

 うかがうように視線を向けると、ふわりと柔らかな笑顔が返ってきた。
 ああ、癒される。つられて私まで口元がゆるむ。

 気づけば、悩みを打ち明けていた。

「あのね、実は……」

 昨日の出来事。桐生さんからの誘いを断ってしまったこと。そんな女性を、男性はどう思うのかという不安。

 土岐くんは真剣な表情で何度も頷いてくれた。

「そっか。そんなことが」

 少し考え込む彼の表情に、胸がざわつく。
 沈黙に耐えきれずつい口を開いた。

「や、やっぱり嫌だよね? こんな女……」

 肩を落とすと、土岐くんは慌てたように首を横に振る。

「ううん! 反対だよ。すごくいいと思う」

 思わず目を丸くすると、彼はおだやかに微笑んだ。

「だって、それだけ自分のことを大切にしてるってことでしょ。
 軽い女性じゃないってことだよ。真面目で誠実な子なんだなって、好感を持つと思う」

「そ、そうかな?」

 小さくつぶやくと、土岐くんはうんうんと大きく頷く。

「それに、桐生さんはきっと大丈夫だよ。
 こう、なんていうか……男だし。好きな子と、そういう関係になれたらいいなって思うのは自然なことで。
 でも、本当に大切な人なら、ちゃんと待てる。桐生さんは、そういう人だと思う」

 自信ありげに笑うその姿が、やけにまぶしく見えた。

 なんていい人なんだろう。こんな私の話を真面目に聞いて、ちゃんと考えて、言葉を選んでくれる。
 彼が言うと、不思議とそれが真実のように思えてしまう。

 胸の奥がじんわりとあたたかくなっていく。

「ありがとう。土岐くんが言うと、本当にそう思えるよ。なんだか安心した」

 ほっと息をつくように笑うと、彼はなぜか頬を染め、少し慌てた様子を見せた。

「そ、そんな……。
 僕でよければいつでも相談してよ。君の役に立てるなら、僕は――」

 そこで言葉が止まる。
 何かを続けようとした、そのときだった。

「よう、土岐じゃん。なに? 彼女と食事?」

 突然、見知らぬ男性が声をかけてきた。

 誰だろう。土岐くんの同僚かな。
 視線を向けると、ちょうど目が合い、お互いに軽く会釈する。

「ち、ちがうよ!
 彼女は……ただの友達だよ」

 言い終わるにつれて、声が少しずつしぼんでいく。

 どうしたんだろう。
 さっきまでと違って、急に元気がなくなった気がする。

 首を傾げて土岐くんのほうを見ると、

「友達、ね」

 男性は、意味ありげな視線をこちらに向けた。

「まあいいや。悪いな、邪魔して。
 またな」

 それだけ言い残して、彼は去っていった。

 ……なに? 今の。

 その背中を見送っているとふと視線を感じる。
 ちらりと見ると、土岐くんとばっちり目が合った。でもすぐに逸らされてしまった。

「どうしたの?」

「え! なにが?」

「いや、なんだか元気ないような気がして」

「ううん、そんなことないよ。
 あ、あいつ、俺の同僚なんだ。同じ部署の、腐れ縁でさ」

 取り繕うように、少し早口になる。

「へえ、そうなんだ」

「うん……」

 それきり、彼は無口になってしまった。
 なんとなく微妙な空気が流れる。

 さっきまであんなに和やかでいい感じだったのに。……彼と気まずくなるのは嫌だな。

 そう思っていたら、少しずつまた普通に話せるようになって。いつの間にか会話も弾み、穏やかな空気が戻ってくる。
 目が合えば、自然と小さな笑みがこぼれた。

 よかった。土岐くんとはこういう関係がいい。

 彼が笑うと、世界があたたかくなる。
 それにつられて心までゆるんでいく。

 ……なんでかな。

 さっきまで桐生さんのことで悩んでいた私は、もういなかった。

 はは。彼に癒されちゃったのかな。

 ありがとう、土岐くん。