食事を終えた私たちは、夜の街を歩いていた。
料理すごかったな。
高級なものばかりで、正直ちゃんと味わえた気がしないけど。
ぼんやりそんなことを考えていると、
「おいしかった?」
ふいに聞かれて私は慌てて頷く。
「は、はい! とてもおいしかったです。ご馳走様でした」
ぺこりと頭を下げると、桐生さんは少し困ったように笑った。
「いいよ、そんな。俺、彼氏だから」
そう言って、ふわりと距離を詰めてくる。
ドキッとして一歩退いてしまった。
「あ、あの! 誰かに見られたら、どうするんですか」
わずかに抗議の色を込めると、桐生さんは軽く肩を竦める。
「うーん。そこまで心配しなくていいと思うけど。
会社からだいぶ離れてるし、暗いから気づかれないよ」
にこりと爽やかに言われると、納得しそうになってしまう。
でもやっぱり怖い。どこに誰の目があるかわからない。
「桐生さん――」
「望月さん……いや、花音さん」
一瞬、思考が止まった。
いま名前呼ばれた?
「ねえ、これから家に来ない?」
耳元でそっと囁かれて体が固まる。瞬きを繰り返すだけで、声が出ない。
桐生さんは、そんな私の反応をうかがうようにじっと見つめていた。
遠のいていた意識が、じわじわと戻ってくる。
「な、な、なにを言ってるんですか!」
「しーっ。そんな大声出したら、目立つよ」
にこりと首を傾げられて、頬が熱くなった。
「だって、いきなりそんなこと言うから」
今度は、ひそひそと抗議した。
「だめかな? もっと一緒にいたいと思ったんだけど……」
少しだけ寂しそうに眉を寄せられて、胸がきゅっと締まる。
こ、こういうものなの? 今まで誰とも付き合ったことがないから判断がつかない。
家に行くってことは、そういうことだよね。大人ってすぐにそういう関係になったりするのかな。
いや、でも。でもでもでも。うーん。
未知の世界すぎて、思考が追いつかない。どうしよう。
「困らせちゃったかな?」
優しく笑いかけられて、頭の中がますます混乱する。
私の慌てぶりに呆れられたのだろうか。
「いいよ、無理しないで。君のペースで大丈夫だから。
ただ……それくらい本気だってことは覚えておいてほしい。
決して中途半端な気持ちなんかじゃない。真剣に、君のことを考えてるから」
そう言ったあと、彼はそっと抱きしめてきた。
「好きだよ」
口づけが、静かに落とされた。
* * *
あのあと桐生さんと別れた私は、そのまままっすぐ帰宅した。
つ、疲れた。部屋に入るなり、倒れこむようにベッドへ身を投げる。
枕に顔を埋めたまま、さきほどのことが何度も浮かんでは消えていく。
……桐生さん。彼のことを想うと、頬がじんわり熱くなった。
やだ、私ったら。
枕に頬を押しつけて、ひとりで身もだえる。
でも、どう思ったのかな。面倒な女とか思われなかっただろうか。せっかく誘ってくれたのに。
ああいうとき、みんなはどうしてるんだろう。
経験も知識もなくてわからない。そんなことを聞ける友達もいないし。
ふと、土岐くんの顔が浮かんだ。
思いきり首を振る。
いやいや、だめだ。彼は男性じゃない。そんな相談できるわけがない。
男性から誘われたときのことなんて。
それにしても。
桐生さんって、今までどんな女性と付き合ってきたんだろう。きっと私なんかより、可愛くて綺麗な人ばかりだったはず。
……顔だって普通。スタイルだって、まあ人並み。性格がいいかって言われると、それも自信がない。
いったい、桐生さんは私の何がいいんだろう。
「はあー」
だめだ。どんどんマイナス思考に引きずられていく。
ずーんと気分が沈んだ。
そういえば、ちょっと待って。
付き合ったばかりの女性を家に誘うって……どうなの?
やっぱり桐生さんってプレイボーイなのか。
もしかして、騙されてる? 体が目的だったりする?
いや、待て待て。落ち着け。
相手は、あの桐生さんだよ。女に困っているようにはとても思えない。
それに私の気持ちを考えて待つって言ってくれた。
本気だって、言ってくれた。
――信じて、いいよね。
ふっと息をついて仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめた。
でも……これからが不安だな。
桐生さん、私に合わせて無理してたりするのかな。いつか面倒になって捨てられたりしない?
私のほうがペースを合わせるべきなのか。
わ、わからない。誰かに相談したい。
再び土岐くんの顔が浮かんだ。こういうことを相談できる相手なんて、やっぱり私には彼くらいしかいなかった。
料理すごかったな。
高級なものばかりで、正直ちゃんと味わえた気がしないけど。
ぼんやりそんなことを考えていると、
「おいしかった?」
ふいに聞かれて私は慌てて頷く。
「は、はい! とてもおいしかったです。ご馳走様でした」
ぺこりと頭を下げると、桐生さんは少し困ったように笑った。
「いいよ、そんな。俺、彼氏だから」
そう言って、ふわりと距離を詰めてくる。
ドキッとして一歩退いてしまった。
「あ、あの! 誰かに見られたら、どうするんですか」
わずかに抗議の色を込めると、桐生さんは軽く肩を竦める。
「うーん。そこまで心配しなくていいと思うけど。
会社からだいぶ離れてるし、暗いから気づかれないよ」
にこりと爽やかに言われると、納得しそうになってしまう。
でもやっぱり怖い。どこに誰の目があるかわからない。
「桐生さん――」
「望月さん……いや、花音さん」
一瞬、思考が止まった。
いま名前呼ばれた?
「ねえ、これから家に来ない?」
耳元でそっと囁かれて体が固まる。瞬きを繰り返すだけで、声が出ない。
桐生さんは、そんな私の反応をうかがうようにじっと見つめていた。
遠のいていた意識が、じわじわと戻ってくる。
「な、な、なにを言ってるんですか!」
「しーっ。そんな大声出したら、目立つよ」
にこりと首を傾げられて、頬が熱くなった。
「だって、いきなりそんなこと言うから」
今度は、ひそひそと抗議した。
「だめかな? もっと一緒にいたいと思ったんだけど……」
少しだけ寂しそうに眉を寄せられて、胸がきゅっと締まる。
こ、こういうものなの? 今まで誰とも付き合ったことがないから判断がつかない。
家に行くってことは、そういうことだよね。大人ってすぐにそういう関係になったりするのかな。
いや、でも。でもでもでも。うーん。
未知の世界すぎて、思考が追いつかない。どうしよう。
「困らせちゃったかな?」
優しく笑いかけられて、頭の中がますます混乱する。
私の慌てぶりに呆れられたのだろうか。
「いいよ、無理しないで。君のペースで大丈夫だから。
ただ……それくらい本気だってことは覚えておいてほしい。
決して中途半端な気持ちなんかじゃない。真剣に、君のことを考えてるから」
そう言ったあと、彼はそっと抱きしめてきた。
「好きだよ」
口づけが、静かに落とされた。
* * *
あのあと桐生さんと別れた私は、そのまままっすぐ帰宅した。
つ、疲れた。部屋に入るなり、倒れこむようにベッドへ身を投げる。
枕に顔を埋めたまま、さきほどのことが何度も浮かんでは消えていく。
……桐生さん。彼のことを想うと、頬がじんわり熱くなった。
やだ、私ったら。
枕に頬を押しつけて、ひとりで身もだえる。
でも、どう思ったのかな。面倒な女とか思われなかっただろうか。せっかく誘ってくれたのに。
ああいうとき、みんなはどうしてるんだろう。
経験も知識もなくてわからない。そんなことを聞ける友達もいないし。
ふと、土岐くんの顔が浮かんだ。
思いきり首を振る。
いやいや、だめだ。彼は男性じゃない。そんな相談できるわけがない。
男性から誘われたときのことなんて。
それにしても。
桐生さんって、今までどんな女性と付き合ってきたんだろう。きっと私なんかより、可愛くて綺麗な人ばかりだったはず。
……顔だって普通。スタイルだって、まあ人並み。性格がいいかって言われると、それも自信がない。
いったい、桐生さんは私の何がいいんだろう。
「はあー」
だめだ。どんどんマイナス思考に引きずられていく。
ずーんと気分が沈んだ。
そういえば、ちょっと待って。
付き合ったばかりの女性を家に誘うって……どうなの?
やっぱり桐生さんってプレイボーイなのか。
もしかして、騙されてる? 体が目的だったりする?
いや、待て待て。落ち着け。
相手は、あの桐生さんだよ。女に困っているようにはとても思えない。
それに私の気持ちを考えて待つって言ってくれた。
本気だって、言ってくれた。
――信じて、いいよね。
ふっと息をついて仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめた。
でも……これからが不安だな。
桐生さん、私に合わせて無理してたりするのかな。いつか面倒になって捨てられたりしない?
私のほうがペースを合わせるべきなのか。
わ、わからない。誰かに相談したい。
再び土岐くんの顔が浮かんだ。こういうことを相談できる相手なんて、やっぱり私には彼くらいしかいなかった。
