1ミニッツ短編集ボックス

 深夜0時。
それまで外では、まるで世界がひっくり返っているかのような騒ぎが続いていた。
ところが「ポーン」という小さな合図のあと、急に静けさが戻ってきた。

 そっとカーテンを開けると、さっきまでのざわめきが嘘のように消えていた。
人の流れも、ようやく元に戻りつつある。

「……終わった、のかな?」

 混乱続きの毎日に押しつぶされていた僕は、思わず小さくつぶやいた。
明日のことを考えるのも苦しくて、夢は遠く、希望なんて手に届かない。
そんな毎日が続いていたのだ。

 しばらくすると、街のどこかでまた“騒ぎ”が起きたらしい。
けれど今回は、どうやら自分たちとは関係のない場所でのことらしい。

 そのとき、隣でテレビを見ていたおじさんがぽつりと言った。

「向こうは“甘いもの”を欲しがっているみたいだな。
だったら作ればいい。俺は元ケーキ職人だからな」

 勢いのままに、僕たちは実家を小さな工房に改造し、ケーキを焼き始めた。
おじさんの読みは当たり、ケーキは驚くほど売れた。
その甘さを求める人は後を絶たず、僕の生活にも温かい光が差し込み始めた。

 気づけば、僕は家族を持ち、子どもが生まれ、
あの頃には想像もできなかった穏やかさを手に入れていた。

 そして――あの夜から、いつの間にか八十年が経っていた。
孫もでき、家族に囲まれて暮らしながら、僕は今日もケーキを焼き続けている。

 ただ一つ、見て見ぬふりをしていることがある。

 街のごみ置き場に、僕たちの商品が静かに積まれていることに。
それを知ってはいる。
でも、どうしても目をそらしてしまうのだ。