四畳半、煙草の煙、火曜日の少女 〜これは、二人だけの秘密だよ〜

「買い物?」
「うん、たまにはどうかな」
 今日は火曜日。オフの日。
 いつも通り来た林に対して、私はお出かけの提案をした。
 部屋で過ごすばかりでは、物足りない。
 林と、もっといろんなことをしてみたいと思ったのだ。
「二人でぶらぶらとお店を見るの。どう?」
「行きたい!」
 林はワクワクした様子で言った。
 そんな林の時間は限られている。いつもの時間に帰れるように、私たちは早速部屋を出た。
 
 十五分ほど歩き、近くのショッピングモールへ着いた。
 スーパー、フードコート、服屋など、ここに来れば一通りの買い物ができる。
 土日は比較的混雑するが、今日は平日の昼時なので、人はあまり多くない。
 本当は、林に服なんかを買ってやりたい気持ちがあったが、さすがにそれはお節介おばさんすぎると思ってやめた。
 
 服屋をスルーして、二人でファンシーな雑貨屋の商品を眺めることにした。
 ここにはコスメやアクセサリーなど、女子が好みそうなものがたくさん並んでいる。
「よかったら、何か買ってあげるよ」
「ええ! いいの?」
「そりゃもう、買い物のために来たんだもん」
 私は笑顔で答えた。
「ええ〜?」
 林は困ったように眉が下がりながらも、手を頬に当てて喜びを隠しきれていない。
 そんな林があまりにも愛おしく、私は抱きしめたい気持ちをグッとこらえた。
 
 林はまず、キーホルダーを吟味し始めた。真剣な眼差しで、どれにしようかと手に取りながら見ている。
 何個でも買ってあげるよ、と心の中では思うけど、そんなことを言われたら逆に困るよね……。
 私は目玉の形のキーホルダーを見つけた。それを手に取り、林に向けて言った。
「おい、林! あれは妖怪じゃ!」
 声色を変えておどけてみたものの、林はキョトンとしていた。
「妖怪……?」
「……ごめん、今のナシ」
 私は恥ずかしさに背中を丸めながらキーホルダーを戻した。そっか、目玉の親父って全世代共通のキャラクターじゃないのか……。
 
 次に、アクセサリーを見た。
 林の服装は、いつもシンプル。あまり着飾らないので、おしゃれへの興味が薄いかと思っていたけど、今はたくさんのアクセサリーに釘付けになっている。
「これ、可愛い……」
 林が目をつけたのは、水色のハートが付いたイヤリングだった。うん、確かに可愛い。
「これって穴を空けないよね?」
「うん。イヤリングだから大丈夫だよ」
 林はにっこりと笑った。
「じゃあ、これがいい」
 私はそのイヤリングを買うと、さっそく林の耳に着けてあげた。
 まずは左耳。
 林は私のスマホで自分の姿を見て、うっとりとしていた。
 やっぱりこういうの、憧れるよね。
 次に反対の耳にも着けてあげようとしたら、林に遮られた。
「もう一つは杉野さんが着けてよ」
 林は目を輝かせながら言った。
 思いがけない提案に、私は声を上げてしまった。
「ええ! これは林に買ったものだよ?」
「お揃いにしようよ。ほら、着けてあげる」
 お揃い、という甘美な言葉に、私の脳は揺れた。
 結局、林に促されるまま、私は左耳を差し出した。
 いつの間にか熱く紅潮した私の耳に、林の手が触れる。
「はい、できたよ」
 私の左耳で、林と同じハートのイヤリングが揺れた。
「うん、すごく似合ってるよ。ほら、一緒」
 林はそう言い、自分の左耳のイヤリングを無邪気に指した。
 それを見た私は、心臓の高鳴りが止まらない。
 赤面したまま、何も言うことができなかった。
 
 その後、ゲームコーナーで遊んだ。
 林は、白いアザラシのぬいぐるみを欲しがり、クレーンゲームに興じていた。ぱっちりとしたまつ毛が付いているので、きっとメスのアザラシだ。
 そんな林の後ろ姿を見て、ふと気が付いた。
 林はお尻が大きい。
 手足は年相応に細いものの、ズボンに浮かんだお尻のシルエットは、女性らしい丸みを帯びている。
 子どもだと思っていた林の女らしさをふいに感じて、私は妙に感心してしまった。
「取れた!」
 林は喜びの声を上げた。見ると、お目当てのぬいぐるみを獲得していた。
 イヤリングを揺らして笑う姿を見て、私は胸の奥がじんわりと温かくなった。
「すごいじゃん」
「すごいね!」
 林は喜びの空気を全身にまとっていたが、すぐに冷静な表情になり、アザラシを私に渡してきた。
「ねえ、これ、杉野さんにあげる」
「え、なんで? 欲しいって言ってたじゃん」
 林はバツの悪そうな顔をした。
「だって……お母さんには、図書館に行くって言ってあるから。ぬいぐるみは持って帰れないよ」
 そうか。私はハッとした。
 この子は、親に嘘をついて私に会っている。
 私は、林にとって赤の他人だ。何の責任もない、よその大人だ。
 本来なら……ちゃんと親に言わないとダメだよ、と叱るべき場面かもしれない。
 でも、それは林との特別な時間を失ってしまうような気がして、私は口に出すことができなかった。
「……わかったよ」
 私はそう言ってアザラシのぬいぐるみを受け取った。
 
 一通り遊んでから、私たちはアパートまで戻ってきた。
「今日も楽しかった! またね」
 そう言って、笑顔の林はイヤリングを揺らしながら帰っていった。
 何も知らない親の元に。
 
 家に帰った私は、鏡に映った自分を見て、左耳のイヤリングを揺らしてみた。
 こそばゆい気持ちとともに、少しの不安が私の胸の中でくすぶり始めていた。