四畳半、煙草の煙、火曜日の少女 〜これは、二人だけの秘密だよ〜

 今日は火曜日。オフの日。
 先週に続いて、今日も林は来た。怪我の日を含めて、三度目の来訪だ。
 もうすっかり慣れたのか、林は私の顔を見るなり微笑んだ。
 なんだか姉になったような気分で浮かれそうになる。
 今日の林からのリクエストは麦茶。しかし少ししか残っていなかったので、私はオレンジジュースを飲むことにした。

 林が来る時間は、十二時くらい。でも、世の中はお昼ご飯の時間だ。私は朝起きるのが遅いから、朝昼兼用で早めに食べるけど。
 そこで、私は気になっていたことを聞いてみた。
「いつも、お昼を食べてから来るの?」
「うん」
 林は頷いた。林の回答は、いつも「うん」か「ううん」だ。油断していると、どっちなのかわからなくなる。
「お昼、早めなんだね」
「うん、図書館に少しでも長くいたいから」
 その言葉を、私は疑問に感じた。
 図書館の閉館時間は二十時だ。夜までいられる。
 でも、林はいつも十四時くらいには帰っていたと思う。
 私はピンときた。
「そっか、家の門限の前に帰らないといけないもんね」
「ううん、違う」
「ええ? じゃあ、何?」
 林の言うことが理解できなかったので、何気なく質問したつもりだったのだが、林は少し暗い顔になってしまった。
「……みんな下校してくるから」
 また短い回答だったが、私には理解できた。
 要するに、下校時刻を過ぎるとクラスメイトに会うかもしれなくて、それが嫌なんだ。
 もし会えば、きっと詮索されたり、登校を促されたりするのだろう。
「……そっか」
 私はそう言って、話を切り上げた。
 
「ねえ、それよりも、今日は杉野さんのことを聞かせてよ」
 林は張り切って喋りだした。
 先週、間を持たせようとして、質問攻めにしてしまった反動だろうか。
「いいよ、何でも聞きな」
 私は、林からの質問に全て答えた。
 年齢は二十二歳。仕事はコンビニのアルバイト。週に数回、九時から十七時まで働いてる。
 でも生活のリズムのために、火曜日だけはシフトを入れないことにしている。
 好きな食べ物はたこ焼き。
 
 すると、ヘクション! という声が聞こえた。多分、隣の部屋のくしゃみだ。
 林は驚いたらしく、ビクっと肩を震わせた。
「あー……ここ、隣の部屋の音が聞こえることがあるんだよね」
「ええ……?」
 林は戸惑いの表情を見せた。信じられないといった顔だ。
 きっと、防音のしっかりした家に住んでいるんだろうな。
「それ、嫌じゃない……?」
「まあね」
 私は林を不安がらせないように、穏やかな顔で言った。
「まあ、夜寝てるときに、どこかからイビキとか喘ぎ声とかが聞こえてくるのは嫌だね」
「喘ぎ声……」
 林は目を見開いたままうつむいてしまった。
「……ごめん、今のナシ」
 私は手のひらを林に向けて、失言を取り消した。
「でもね、私はそんなに気にしてないんだ。最低限の衣食住があれば充分だから、家賃が安いにこしたことはなくてさ。あと」
 私はタバコの箱をトンと鳴らして、林に見せつけた。
「この物件はタバコが吸い放題なのよ」
 私はニヤリと笑った。
 そう言ってから、しまった、と思った。カッコつけすぎた。
 私は途端に照れくさくなり、タバコの箱を伏せた。
 しかし、林はそんな私のことを、うっとりとした顔で見つめていた。
 私は微妙な気持ちになった。憧れられるのは、悪い気はしない。
 でも私は、林には喫煙者になってほしくなかった。いつまでも、健康的な女の子でいてほしい。
 でも、そんな願いは届かず、林は言った。
「杉野さん、私も吸ってみたい」
 ほら来た。私は顔をしかめた。
「ダメに決まってるじゃん。お酒とタバコはハタチからって法律で決まってるんだよ」
 そう言いながら、こんな副流煙モクモクの部屋にいたら手遅れかも、とも思った。
「じゃあ、杉野さんはハタチから吸い始めたの?」
「……内緒」
 私は目を合わせずに言った。
 あいまいな回答で濁したはずだが、林は満足そうな顔をして、それ以上聞いてこなかった。
「じゃあ」
 林は私の目を見た。
「タバコを吸うところ、もっと近くで見ていてもいい?」
「……まあ、それくらいなら」
 私がそう言うと、林は立ち上がり、テーブルを挟んだ反対側の私の横に座った。
 林は大きな目で私を見た。
 私も林を見返した。
 かつて図書館で交わされていた視線の応酬が、この部屋の中で、触れそうな距離で行われていた。
 私は耐えられなくなり、目を逸らした。
 すると、林は私にもたれかかってきた。
 私はびっくりして胸が高鳴り始めたが、平静を装って何も言わなかった。
 ……もしも妹がいたら、こんな感じだったのかな。一人っ子だったから、よくわかんないな……。
 部屋は沈黙に包まれた。
 私は人の重みを体で感じながら、静かにタバコの煙をくゆらせた。