今日は火曜日。オフの日。
でも、林は来ない。チャイムは鳴らない。私はそれを知っていた。
聞いていた通り、受験勉強が忙しくなるにつれ、林がうちに来る頻度は減った。
今はうちに来るとき、母親のスマホを通じて事前に連絡が届くことになっている。
火曜日にスマホの通知が鳴ると、私はそれに飛びついて開く。
『今日遊びに行ってもいい? byなつみ』
断るわけがない。私は『いいよ』と即レスする。
たったこれだけのメッセージなのに、私は何度も読み返してしまう。
来てくれるという事実だけで、胸がいっぱいになる。
こんなに連絡が待ち遠しくて焦がれるなんて、まるで初恋の中学生みたいだ。
でも、今日は何も聞いていないから、来ないということだ。
これを機に、林を忘れることができれば、どんなに楽だっただろうか。
しかし、林となかなか会えない日々は、逆に私たちの結びつきを強めた。
母親の管理下で、許可された時間だけ会うようになったにもかかわらず、私たちは管理された関係とは程遠いところへ近づこうとしている。皮肉なものだ。
林が私のうちに来るとき、決まってお揃いのイヤリングを着けてくる。
そして、私の目を見て照れ笑いしながら、シャツの襟をぺろっとめくり、私がプレゼントしたネックレスを服の中から出すのだ。
その瞬間、脳の奥に電流が走る。
林からの深い愛情を感じて酔いしれてしまう。
相変わらず、林は喫煙中の私にすり寄ってくる。
でも最近は、タバコを持っていない方の腕に抱き着いたり、手に指を絡めたりと、甘え方が変わってきた。
本来なら、それはダメだよと言ってあげるべきなのかもしれないが、私にはできなかった。
「杉野さんに会ってない間、変な感じだった」とか、
「杉野さんに会えるから、勉強を頑張れるんだ」とか、最近の林はそんなことを言う。
だから、私のすることは林のためなのだと錯覚してしまう。
黙って指を絡め返してやると、林は満足そうに小さく笑う。
これがたまらなく可愛い。
でも、林をこうさせてしまったという罪悪感もある。
私の加害性を、林からの愛情で包み込ませてしまっている。
私のせいで。私が、この子を惑わせたせいで。
だから私は、これは林のためなんだと思い込もうとしていた。
林が、私を必要としているから。
*
十二月。クリスマスの足音が近づき、世間が浮き足立つ頃。
そんな人々を尻目に、私のようなコンビニバイトは、クリスマスケーキとおせちの予約をせっせと対応している。
今日は火曜日。オフの日。
約一か月ぶりに林がやって来た。
林は会いたくてしょうがなかったという様子で、玄関に入るなり私に抱き着いてきた。
抱きしめ合うこと自体は、全くおかしなことじゃない。家族や、時に友人でもすることだ。
「杉野さん……」
「林……」
でも、少なくとも私の感情は、そういうものではなかった。
だから、抱きしめ返すことをぐっとこらえて、頭を優しくなでてやった。
二人でテーブルに着いてから、私は切り出した。
「あのね、今日は渡したいものがあるんだ」
「何?」
林はわくわくした表情でこちらを見ている。
「ちょっと早いんだけど、次にいつ来てくれるか、わからないから……」
そう言って、包みを渡した。
「クリスマスプレゼント。ちょっとしたものだよ」
「わあ!」
それは、可愛らしい絵柄のリップクリームだった。
「冬だし、受験を頑張ってほしいから、体をケアするものにしてみた」
「ありがとう。これ、可愛いね」
誕生日のネックレスは、今思えば少々やりすぎだったと反省していた。
受験も近いことだし、気負わせないためにもこのくらいがちょうどいいだろう。
「塗ってみてもいい?」
「うん、いいよ」
林はリップクリームの蓋を開けて、薄い唇の上を一周させた。
私はその唇から目が離せなかった。急に自分の唇が気になってしまい、小さく舌なめずりした。
「これはお母さんとかに見せてもいい?」
「もちろん!」
私は強く答えた。
こんなことを聞かれるのは、ネックレスを隠せと言ってしまったからだな。
林にこんな気遣いをさせてしまうなんて……我ながら情けない。
いつものようにタバコを吸う。
林は私の横で、腕に抱き着いている。
左腕に、林の細くて柔らかい体をしっかりと感じる。
「ねえ」
「なに?」
林は上目遣いでこちらを見て、可愛らしい声で言った。
「私が合格したら、ご褒美がほしいな」
「ご褒美?」
「私、遠くに行っちゃうでしょ。だからその前に、杉野さんと一日中、一緒に過ごしたいの」
「え」
思いがけない話に、私は固まった。唾をごくりと飲み込んだ。
朝から晩まで、林と過ごす。
想像したら体温が急に上がってきた。
「受験が終わったら、私は時間がたっぷりできるから。ダメかなあ……?」
「えっと……」
いや、私は何を考えているんだ。
一緒に過ごすなんて、何もおかしなことはない。
お出かけしたり、ご飯を食べたりするだけだ。
「……うん、いいよ。受験、頑張ってね」
「やった!」
林は無邪気に喜びの声を上げた。
そうだ。これは林のためのご褒美だ。
この子は遠くに行ってしまうんだ。その前の思い出作りとして、必要なことなんだ。
林が喜んでくれると、私も嬉しい。
大好きな林と、一日中過ごす。
それは私にとっても楽しみだった。
この子がいなくなるのは本当に寂しいけど、少しだけ希望が出てきたな。
その時、林がもぞもぞと動き出した。
「ちょっとくすぐったいな……」
私は無意識に林の太ももを撫でていた。
「……ごめん」
私は手を止めた。
すると、うっかりシロちゃんと目が合った。
シロちゃんは何も言わずにこちらを見ていた。
でも、何か言いたそうな目をしている。
今度から林が来る時は、シロちゃんは壁の方を向けておこう……。
でも、林は来ない。チャイムは鳴らない。私はそれを知っていた。
聞いていた通り、受験勉強が忙しくなるにつれ、林がうちに来る頻度は減った。
今はうちに来るとき、母親のスマホを通じて事前に連絡が届くことになっている。
火曜日にスマホの通知が鳴ると、私はそれに飛びついて開く。
『今日遊びに行ってもいい? byなつみ』
断るわけがない。私は『いいよ』と即レスする。
たったこれだけのメッセージなのに、私は何度も読み返してしまう。
来てくれるという事実だけで、胸がいっぱいになる。
こんなに連絡が待ち遠しくて焦がれるなんて、まるで初恋の中学生みたいだ。
でも、今日は何も聞いていないから、来ないということだ。
これを機に、林を忘れることができれば、どんなに楽だっただろうか。
しかし、林となかなか会えない日々は、逆に私たちの結びつきを強めた。
母親の管理下で、許可された時間だけ会うようになったにもかかわらず、私たちは管理された関係とは程遠いところへ近づこうとしている。皮肉なものだ。
林が私のうちに来るとき、決まってお揃いのイヤリングを着けてくる。
そして、私の目を見て照れ笑いしながら、シャツの襟をぺろっとめくり、私がプレゼントしたネックレスを服の中から出すのだ。
その瞬間、脳の奥に電流が走る。
林からの深い愛情を感じて酔いしれてしまう。
相変わらず、林は喫煙中の私にすり寄ってくる。
でも最近は、タバコを持っていない方の腕に抱き着いたり、手に指を絡めたりと、甘え方が変わってきた。
本来なら、それはダメだよと言ってあげるべきなのかもしれないが、私にはできなかった。
「杉野さんに会ってない間、変な感じだった」とか、
「杉野さんに会えるから、勉強を頑張れるんだ」とか、最近の林はそんなことを言う。
だから、私のすることは林のためなのだと錯覚してしまう。
黙って指を絡め返してやると、林は満足そうに小さく笑う。
これがたまらなく可愛い。
でも、林をこうさせてしまったという罪悪感もある。
私の加害性を、林からの愛情で包み込ませてしまっている。
私のせいで。私が、この子を惑わせたせいで。
だから私は、これは林のためなんだと思い込もうとしていた。
林が、私を必要としているから。
*
十二月。クリスマスの足音が近づき、世間が浮き足立つ頃。
そんな人々を尻目に、私のようなコンビニバイトは、クリスマスケーキとおせちの予約をせっせと対応している。
今日は火曜日。オフの日。
約一か月ぶりに林がやって来た。
林は会いたくてしょうがなかったという様子で、玄関に入るなり私に抱き着いてきた。
抱きしめ合うこと自体は、全くおかしなことじゃない。家族や、時に友人でもすることだ。
「杉野さん……」
「林……」
でも、少なくとも私の感情は、そういうものではなかった。
だから、抱きしめ返すことをぐっとこらえて、頭を優しくなでてやった。
二人でテーブルに着いてから、私は切り出した。
「あのね、今日は渡したいものがあるんだ」
「何?」
林はわくわくした表情でこちらを見ている。
「ちょっと早いんだけど、次にいつ来てくれるか、わからないから……」
そう言って、包みを渡した。
「クリスマスプレゼント。ちょっとしたものだよ」
「わあ!」
それは、可愛らしい絵柄のリップクリームだった。
「冬だし、受験を頑張ってほしいから、体をケアするものにしてみた」
「ありがとう。これ、可愛いね」
誕生日のネックレスは、今思えば少々やりすぎだったと反省していた。
受験も近いことだし、気負わせないためにもこのくらいがちょうどいいだろう。
「塗ってみてもいい?」
「うん、いいよ」
林はリップクリームの蓋を開けて、薄い唇の上を一周させた。
私はその唇から目が離せなかった。急に自分の唇が気になってしまい、小さく舌なめずりした。
「これはお母さんとかに見せてもいい?」
「もちろん!」
私は強く答えた。
こんなことを聞かれるのは、ネックレスを隠せと言ってしまったからだな。
林にこんな気遣いをさせてしまうなんて……我ながら情けない。
いつものようにタバコを吸う。
林は私の横で、腕に抱き着いている。
左腕に、林の細くて柔らかい体をしっかりと感じる。
「ねえ」
「なに?」
林は上目遣いでこちらを見て、可愛らしい声で言った。
「私が合格したら、ご褒美がほしいな」
「ご褒美?」
「私、遠くに行っちゃうでしょ。だからその前に、杉野さんと一日中、一緒に過ごしたいの」
「え」
思いがけない話に、私は固まった。唾をごくりと飲み込んだ。
朝から晩まで、林と過ごす。
想像したら体温が急に上がってきた。
「受験が終わったら、私は時間がたっぷりできるから。ダメかなあ……?」
「えっと……」
いや、私は何を考えているんだ。
一緒に過ごすなんて、何もおかしなことはない。
お出かけしたり、ご飯を食べたりするだけだ。
「……うん、いいよ。受験、頑張ってね」
「やった!」
林は無邪気に喜びの声を上げた。
そうだ。これは林のためのご褒美だ。
この子は遠くに行ってしまうんだ。その前の思い出作りとして、必要なことなんだ。
林が喜んでくれると、私も嬉しい。
大好きな林と、一日中過ごす。
それは私にとっても楽しみだった。
この子がいなくなるのは本当に寂しいけど、少しだけ希望が出てきたな。
その時、林がもぞもぞと動き出した。
「ちょっとくすぐったいな……」
私は無意識に林の太ももを撫でていた。
「……ごめん」
私は手を止めた。
すると、うっかりシロちゃんと目が合った。
シロちゃんは何も言わずにこちらを見ていた。
でも、何か言いたそうな目をしている。
今度から林が来る時は、シロちゃんは壁の方を向けておこう……。



