昔は、人を好きになるってことは、とても素敵なことだと思っていた。
目が合っただけでときめいたり。
告白しようかどうか迷ったり。
二人の気持ちが通じ合って付き合ったり。
そんな、キラキラした未来を期待していた。
でも、現実はそんなに甘くなかった。
二十二歳の私が好きになった相手は、十二歳の少女だった。
恋心を自覚してしまってから、本当につらくてしょうがない。
大人と子どもが恋愛することの何がダメなのか。気になって、ネットで少し調べてしまった。
知りたくなかった答えが、そこにはずらずらと書いてあった。
ざっくりと理解したことは、「大人と子どもは対等な関係になれないからダメ」ということだ。
そうだよね、大丈夫。わかる。
私は、あの子を大切にしたい。
あの子を守りたい。
今日は木曜日。でもシフトは空き。
これから、林の誕生日プレゼントを買いに行くところだ。
「行ってきます」
私はシロちゃんに出かける挨拶をした。
彼女は何も言わなかったけど、行ってらっしゃい、頑張ってね、と言われた気がした。
私はバスでショッピングモールへ来た。いつか、林と二人で遊びに来たところだ。
林は小学生だ。誕生日プレゼントは、あまり高すぎないものがいいだろう。
私が小六のとき、何を欲しがったかな? たしか、現金でいいよ、とか言ってた気がする。クソガキだな……。
私は雑貨屋まで来た。イヤリングを買ったお店だ。
やっぱり、ここかな。可愛らしいグッズが何でも揃う。
何がいいだろう。林が喜んでくれるもの。
せっかくなら、私らしいものがいい。
すると、急にピンときた。
私は商品を手に取り、それをじっくりと眺めた。
これは……ぴったりだ。もう、これしかないと思う。
私は鼻息を荒くしてレジに向かった。
待っててね、林。
これは、私からあなたへ贈る、最高のプレゼントだよ。
*
今日は火曜日。オフの日。
林は今週も来てくれた。
「シロちゃんヤッホー」
林は必ずシロちゃんに挨拶してくれる。
テーブルに着いた林に、私は包みを渡した。
「はい、遅くなったけど、十二歳の誕生日おめでとう」
「うわあ、ありがとう! 開けていい?」
「もちろん」
林はプレゼントの包みを開け、中からネックレスを取り出した。
それは、リングのついたネックレスだった。
「え……すごい」
林は驚いたようで、口をぽかんと開けている。
「私の名前、円っていうでしょ。漢字で書くと円。だから、なんとなくこれがいいかなって」
「こんな高そうなの、いいの……?」
「ううん、プチプラだから! 全然高いものじゃないよ」
「そっか。ありがとう。これ、ずっと大事にするね」
林は胸にネックレスをそっと抱いた。
喜んでもらえて、本当に嬉しい。
私は全身に温かい血がみなぎるのを感じた。
「着けてあげるね」
私がそう言うと、林は顎を上げて、首を差し出してきた。
私は彼女の首にネックレスを回した。緊張して手が震えそうになる。
首に私の手が触れると、触れた手は燃えるように熱くなった。
「どう?」
「すごく似合ってるよ」
林は鏡に映る自分の姿を見てうっとりとしている。
うん、とても素敵だ。私は胸が温かくなった。
私は、ネックレスを身に着けて帰る林の姿を想像した。
すると、母親の顔が浮かんだ。それ、どうしたの? という顔をしている。
途端に私の心臓が暴れだした。
ヤバい。これはヤバい。
思わず私は声を上げた。
「あの、あのさ。それ、すごく似合ってるんだけど、高そうに見えるし、お母さんが見たらびっくりしちゃうかもしれないから、内緒にしてくれる?」
「うん、いいよ!」
林は快諾してくれた。
しかし、私はすぐに強い罪悪感に苛まれた。
私はなんてことをしているんだ。林に、隠し事をさせるなんて。
だけど、そうするしかなかった。せっかく渡したプレゼントが、親に見とがめられては困る。
そう、だから、仕方がないんだ……。
*
林が帰った日の夜。
私はチューハイを飲みながらシロちゃんに話しかけた。
『……ねえ、シロちゃん。私、最低だよね』
『最低かどうかは知らない。でも、キミがあの子に「秘密」を渡したのは事実だね』
それを聞いた私は、頭の中に、高校時代の先輩の声が聞こえてくる。
――これ、私と杉野の二人だけの秘密ね。
先輩は、秘密という言葉で私を支配した。
今の私は、あの先輩そのものなんじゃないか。
罪悪感に押しつぶされた私は、テーブルに突っ伏した。
『ところで、あのプレゼント。キミの名前にちなんだものなんだよね』
『……うん』
『ネックレスにしたのは、キミの分身を肌身離さず持っててほしいっていう気持ちの表れなのかな?』
そんなこと、考えもしなかった。でも言われてみれば、そんな気もする。
もしかして、無意識にそういうものを選んでしまったのか。
『……ノーコメント』
私はテーブルに突っ伏したまま喋った。
『実は最近、林の夢をよく見るんだ』
『へえ、どんな夢なんだい?』
『……それはちょっと言えないんだけど、なんというか、幸せであると同時に、こんなことはしてはいけないとも思うのよ』
『なるほどね』
『もう、私はどうしたら……』
部屋の中に、重苦しい空気が立ち込める。
『ねえ、そんなに悶々とするなら、ここで吐き出してみたらどうだい?』
私は顔を上げた。
『吐き出す』
『そう。考えていて苦しいなら、その気持ちを吐き出してみるといいかもしれないよ。この四畳半はキミの聖域だ。何を言っても、キミを責めるものはいない』
私は頭を働かせた。私の、気持ち。
『……私はあの子を大切にしたい』
『うん』
『私はあの子が好き』
『うん』
『中学受験は頑張ってほしい』
『うん』
『でもずっと一緒にいたい』
『うん』
『私のことを見てほしい』
『……うん』
『私と一つになってほしい』
『……』
『でもね、それは加害なんだって』
『そうだね、よくわかってる』
『そうだよ、わかってるんだよ……。ねえ、シロちゃんはどう思う?』
私はシロちゃんを見つめた。シロちゃんは表情を一切変えずに言った。
『選ぶしかないだろうね。あの子のためを思って見守るか、自分のためにあの子を手に入れるか』
私は背筋が寒くなった。どちらを選んでも恐ろしい。
なんだよこれ、詰んでるじゃん。終わってるじゃん。
『でも、好きでいる気持ちを捨てる必要はないと思うよ』
『いやあ、それはそれで……つらい……』
好きなのに、大切にしたいのに、私のものにしたいのに。
頭がぐらぐらして、だんだん何も考えられなくなってきた。
これからは、お酒、少し控えようかな……。
目が合っただけでときめいたり。
告白しようかどうか迷ったり。
二人の気持ちが通じ合って付き合ったり。
そんな、キラキラした未来を期待していた。
でも、現実はそんなに甘くなかった。
二十二歳の私が好きになった相手は、十二歳の少女だった。
恋心を自覚してしまってから、本当につらくてしょうがない。
大人と子どもが恋愛することの何がダメなのか。気になって、ネットで少し調べてしまった。
知りたくなかった答えが、そこにはずらずらと書いてあった。
ざっくりと理解したことは、「大人と子どもは対等な関係になれないからダメ」ということだ。
そうだよね、大丈夫。わかる。
私は、あの子を大切にしたい。
あの子を守りたい。
今日は木曜日。でもシフトは空き。
これから、林の誕生日プレゼントを買いに行くところだ。
「行ってきます」
私はシロちゃんに出かける挨拶をした。
彼女は何も言わなかったけど、行ってらっしゃい、頑張ってね、と言われた気がした。
私はバスでショッピングモールへ来た。いつか、林と二人で遊びに来たところだ。
林は小学生だ。誕生日プレゼントは、あまり高すぎないものがいいだろう。
私が小六のとき、何を欲しがったかな? たしか、現金でいいよ、とか言ってた気がする。クソガキだな……。
私は雑貨屋まで来た。イヤリングを買ったお店だ。
やっぱり、ここかな。可愛らしいグッズが何でも揃う。
何がいいだろう。林が喜んでくれるもの。
せっかくなら、私らしいものがいい。
すると、急にピンときた。
私は商品を手に取り、それをじっくりと眺めた。
これは……ぴったりだ。もう、これしかないと思う。
私は鼻息を荒くしてレジに向かった。
待っててね、林。
これは、私からあなたへ贈る、最高のプレゼントだよ。
*
今日は火曜日。オフの日。
林は今週も来てくれた。
「シロちゃんヤッホー」
林は必ずシロちゃんに挨拶してくれる。
テーブルに着いた林に、私は包みを渡した。
「はい、遅くなったけど、十二歳の誕生日おめでとう」
「うわあ、ありがとう! 開けていい?」
「もちろん」
林はプレゼントの包みを開け、中からネックレスを取り出した。
それは、リングのついたネックレスだった。
「え……すごい」
林は驚いたようで、口をぽかんと開けている。
「私の名前、円っていうでしょ。漢字で書くと円。だから、なんとなくこれがいいかなって」
「こんな高そうなの、いいの……?」
「ううん、プチプラだから! 全然高いものじゃないよ」
「そっか。ありがとう。これ、ずっと大事にするね」
林は胸にネックレスをそっと抱いた。
喜んでもらえて、本当に嬉しい。
私は全身に温かい血がみなぎるのを感じた。
「着けてあげるね」
私がそう言うと、林は顎を上げて、首を差し出してきた。
私は彼女の首にネックレスを回した。緊張して手が震えそうになる。
首に私の手が触れると、触れた手は燃えるように熱くなった。
「どう?」
「すごく似合ってるよ」
林は鏡に映る自分の姿を見てうっとりとしている。
うん、とても素敵だ。私は胸が温かくなった。
私は、ネックレスを身に着けて帰る林の姿を想像した。
すると、母親の顔が浮かんだ。それ、どうしたの? という顔をしている。
途端に私の心臓が暴れだした。
ヤバい。これはヤバい。
思わず私は声を上げた。
「あの、あのさ。それ、すごく似合ってるんだけど、高そうに見えるし、お母さんが見たらびっくりしちゃうかもしれないから、内緒にしてくれる?」
「うん、いいよ!」
林は快諾してくれた。
しかし、私はすぐに強い罪悪感に苛まれた。
私はなんてことをしているんだ。林に、隠し事をさせるなんて。
だけど、そうするしかなかった。せっかく渡したプレゼントが、親に見とがめられては困る。
そう、だから、仕方がないんだ……。
*
林が帰った日の夜。
私はチューハイを飲みながらシロちゃんに話しかけた。
『……ねえ、シロちゃん。私、最低だよね』
『最低かどうかは知らない。でも、キミがあの子に「秘密」を渡したのは事実だね』
それを聞いた私は、頭の中に、高校時代の先輩の声が聞こえてくる。
――これ、私と杉野の二人だけの秘密ね。
先輩は、秘密という言葉で私を支配した。
今の私は、あの先輩そのものなんじゃないか。
罪悪感に押しつぶされた私は、テーブルに突っ伏した。
『ところで、あのプレゼント。キミの名前にちなんだものなんだよね』
『……うん』
『ネックレスにしたのは、キミの分身を肌身離さず持っててほしいっていう気持ちの表れなのかな?』
そんなこと、考えもしなかった。でも言われてみれば、そんな気もする。
もしかして、無意識にそういうものを選んでしまったのか。
『……ノーコメント』
私はテーブルに突っ伏したまま喋った。
『実は最近、林の夢をよく見るんだ』
『へえ、どんな夢なんだい?』
『……それはちょっと言えないんだけど、なんというか、幸せであると同時に、こんなことはしてはいけないとも思うのよ』
『なるほどね』
『もう、私はどうしたら……』
部屋の中に、重苦しい空気が立ち込める。
『ねえ、そんなに悶々とするなら、ここで吐き出してみたらどうだい?』
私は顔を上げた。
『吐き出す』
『そう。考えていて苦しいなら、その気持ちを吐き出してみるといいかもしれないよ。この四畳半はキミの聖域だ。何を言っても、キミを責めるものはいない』
私は頭を働かせた。私の、気持ち。
『……私はあの子を大切にしたい』
『うん』
『私はあの子が好き』
『うん』
『中学受験は頑張ってほしい』
『うん』
『でもずっと一緒にいたい』
『うん』
『私のことを見てほしい』
『……うん』
『私と一つになってほしい』
『……』
『でもね、それは加害なんだって』
『そうだね、よくわかってる』
『そうだよ、わかってるんだよ……。ねえ、シロちゃんはどう思う?』
私はシロちゃんを見つめた。シロちゃんは表情を一切変えずに言った。
『選ぶしかないだろうね。あの子のためを思って見守るか、自分のためにあの子を手に入れるか』
私は背筋が寒くなった。どちらを選んでも恐ろしい。
なんだよこれ、詰んでるじゃん。終わってるじゃん。
『でも、好きでいる気持ちを捨てる必要はないと思うよ』
『いやあ、それはそれで……つらい……』
好きなのに、大切にしたいのに、私のものにしたいのに。
頭がぐらぐらして、だんだん何も考えられなくなってきた。
これからは、お酒、少し控えようかな……。



