うだるような暑さが続く八月。世の中の学生は夏休みだ。
でも、フリーターの私にはそんなの関係ない。
今日は火曜日。オフの日。
いつもの時間になっても、チャイムは鳴らない。
それは当然だった。
林は夏休みの間、うちに来ないと決めていたからだ。
理由は簡単。家の外で同級生に遭遇したくないから。
そうでなくても、この夏は来ない方がいいと思う。最近の夏は暑すぎる。天気予報で、危険な暑さ、なんて言葉が出てくるほどだ。
カーテンを開けて窓の外を眺めると、ギラギラとした日差しが肌を焼く。
私だって、こんな日は出かけたくない。
それでもやっぱり、会えないと寂しさが募る。
せっかく親にも認めてもらったのに、別の事情で会えないなんて。
母親の連絡先は知ってるけど、さすがに親経由の連絡はためらう。
ああ。
早く終われ、夏休み。
夜、冷房の効いた部屋で缶チューハイをあおる。でも気分は晴れない。
ほろ酔いのまま、シロちゃんの目をじっと見つめると、心の声が聞こえてくる気がした。
『シロちゃん、夏休みって、長いね。私が子どものころはもっと長くあれと思っていたけど』
『まったく、キミは勝手だね』
可愛らしい見た目に反して、シロちゃんはかっこいい女性の声をしていた。
『今ごろ、林は何をしてるかな』
『この時間なら、お風呂にでも入っているんじゃない?』
私はその姿を思い浮かべた。きっと肌はスベスベだろうな。
『一か月以上も会っていないと、忘れられてしまいそうで怖いよ』
『そうだね、あの子はもうキミの生活の一部になっているものね』
『……それは言い過ぎじゃない?』
『でも、きっと大丈夫さ。あの子はキミのことを特別な存在だと思っている』
『本当に? どうしてそんなことがわかるの?』
『私はアザラシだよ。これは野生の勘ってやつだね』
マジかよ。アザラシってすごいな。
『そういえば、キミはいつまであの子のことを苗字で呼び続けるの?』
『ええ?』
『夏休みに入る前に、お互いの下の名前を教え合ったでしょう?』
『まあね』
そうだった。
林の家に行ったときに、あの子のフルネームが林夏実であることを偶然知った。
後日そのことを話したら、逆に私の名前を聞かれたのだ。
ちなみに私は円。杉野円。
林からは「可愛い名前だね」と言われた。悪い気はしない。
『でも……』
『でも?』
『私は大人として、あの子を守らないといけないの』
『ふむ』
『だから、最低限の線引きは必要だと思うわけよ』
『はあ』
『でも、夏実って呼んじゃったらさ……』
『うん』
『私たちの関係が……後戻りできなくなっちゃう気がするんだよ』
『……キミは、本当に鈍いね』
『ああん?』
突然バカにされたような気がして、私はムッとした。
でも、シロちゃんは気にせずに言い放った。
『後戻りも何も、既に始まっているんだよ』
『どういうこと?』
『もう気付いているんでしょ』
『何に?』
『自分の気持ちに』
私は背筋がゾッとした。
『やめて。そんなことない。私はあの子を大切にしたいの。守ってあげないといけないの』
『じゃあ、そのイヤリングは何だい?』
私はドキッとして左耳に触れた。ハートのイヤリングが揺れていた。
『まったく、今日はあの子が来ないのがわかっているのに、わざわざお揃いのイヤリングなんか着けちゃって……』
「うるさい!」
それ以上聞きたくなくて、私はシロちゃんをつかんで押さえつけた。
「ダメなんだよ!」
私はテーブルに突っ伏してうなだれた。胸が苦しくて、息が浅くなる。
「私は大人で、あの子は子どもだから……」
頭がぐらぐらする。世界が遠くなる。
「好きになったらダメなんだよ……」
今日は悪酔いしたみたいだ。
しばらくして、私はテーブルに身を預けたままの体勢で目を覚ました。
トイレに座って用を足しながら、シロちゃんの言葉を反芻した。
——もう気付いているんでしょ。
くそっ。好き勝手言いやがって。あのアザラシ、マジでムカつく。
苛立ちに任せて頭をガクンと前に倒したら、左耳のイヤリングが揺れた。
でも、フリーターの私にはそんなの関係ない。
今日は火曜日。オフの日。
いつもの時間になっても、チャイムは鳴らない。
それは当然だった。
林は夏休みの間、うちに来ないと決めていたからだ。
理由は簡単。家の外で同級生に遭遇したくないから。
そうでなくても、この夏は来ない方がいいと思う。最近の夏は暑すぎる。天気予報で、危険な暑さ、なんて言葉が出てくるほどだ。
カーテンを開けて窓の外を眺めると、ギラギラとした日差しが肌を焼く。
私だって、こんな日は出かけたくない。
それでもやっぱり、会えないと寂しさが募る。
せっかく親にも認めてもらったのに、別の事情で会えないなんて。
母親の連絡先は知ってるけど、さすがに親経由の連絡はためらう。
ああ。
早く終われ、夏休み。
夜、冷房の効いた部屋で缶チューハイをあおる。でも気分は晴れない。
ほろ酔いのまま、シロちゃんの目をじっと見つめると、心の声が聞こえてくる気がした。
『シロちゃん、夏休みって、長いね。私が子どものころはもっと長くあれと思っていたけど』
『まったく、キミは勝手だね』
可愛らしい見た目に反して、シロちゃんはかっこいい女性の声をしていた。
『今ごろ、林は何をしてるかな』
『この時間なら、お風呂にでも入っているんじゃない?』
私はその姿を思い浮かべた。きっと肌はスベスベだろうな。
『一か月以上も会っていないと、忘れられてしまいそうで怖いよ』
『そうだね、あの子はもうキミの生活の一部になっているものね』
『……それは言い過ぎじゃない?』
『でも、きっと大丈夫さ。あの子はキミのことを特別な存在だと思っている』
『本当に? どうしてそんなことがわかるの?』
『私はアザラシだよ。これは野生の勘ってやつだね』
マジかよ。アザラシってすごいな。
『そういえば、キミはいつまであの子のことを苗字で呼び続けるの?』
『ええ?』
『夏休みに入る前に、お互いの下の名前を教え合ったでしょう?』
『まあね』
そうだった。
林の家に行ったときに、あの子のフルネームが林夏実であることを偶然知った。
後日そのことを話したら、逆に私の名前を聞かれたのだ。
ちなみに私は円。杉野円。
林からは「可愛い名前だね」と言われた。悪い気はしない。
『でも……』
『でも?』
『私は大人として、あの子を守らないといけないの』
『ふむ』
『だから、最低限の線引きは必要だと思うわけよ』
『はあ』
『でも、夏実って呼んじゃったらさ……』
『うん』
『私たちの関係が……後戻りできなくなっちゃう気がするんだよ』
『……キミは、本当に鈍いね』
『ああん?』
突然バカにされたような気がして、私はムッとした。
でも、シロちゃんは気にせずに言い放った。
『後戻りも何も、既に始まっているんだよ』
『どういうこと?』
『もう気付いているんでしょ』
『何に?』
『自分の気持ちに』
私は背筋がゾッとした。
『やめて。そんなことない。私はあの子を大切にしたいの。守ってあげないといけないの』
『じゃあ、そのイヤリングは何だい?』
私はドキッとして左耳に触れた。ハートのイヤリングが揺れていた。
『まったく、今日はあの子が来ないのがわかっているのに、わざわざお揃いのイヤリングなんか着けちゃって……』
「うるさい!」
それ以上聞きたくなくて、私はシロちゃんをつかんで押さえつけた。
「ダメなんだよ!」
私はテーブルに突っ伏してうなだれた。胸が苦しくて、息が浅くなる。
「私は大人で、あの子は子どもだから……」
頭がぐらぐらする。世界が遠くなる。
「好きになったらダメなんだよ……」
今日は悪酔いしたみたいだ。
しばらくして、私はテーブルに身を預けたままの体勢で目を覚ました。
トイレに座って用を足しながら、シロちゃんの言葉を反芻した。
——もう気付いているんでしょ。
くそっ。好き勝手言いやがって。あのアザラシ、マジでムカつく。
苛立ちに任せて頭をガクンと前に倒したら、左耳のイヤリングが揺れた。



