「なぁ、あいつヤバいだろ」
「……」
それから2週間後。
しばらく大人しかった榊くんだったが、クラスメイトの胸倉を掴んだことによって、指導の時間が設けられた。
いつも通り相談室に呼んだけれど、今日の榊くんは日頃とどこか違う。
胸倉を掴んだ生徒に対する怒りはそこそこに、榊くんの関心は別の方向に向いていた。榊くんは、至って冷静だった。
「あいつとは、どいつですか?」
「お前も分かってんだろ、岩永だよ。岩永」
「……」
張り付いたような真顔のまま、私はまっすぐ榊くんの顔を見つめる。
問題児が他の人の様子を察することができるようになった。その事実が、いいのか悪いのか……は、さておき。この前から薄々感じていた榊くんの心変わり様に耐えられず、なんとなく胸の内にモヤがかかる。
すでに壊れている人も、修復が可能なのか。以前自分に問うた質問の答えは出ていた。けれど、どうしても私には理解し難いことだった。
最近の岩永先生はと言うと、やはりあの件以降、仕事に熱が入らないようだった。深く会話をせずとも、見ているだけでわかる。誰が見てもそう察することができるレベルだった。
岩永先生のクラスを始め、他の生徒がその件に触れることはない。
きっと彼の異変に気づいているのは、生徒の中でただひとり——榊くんだけだろう。
岩永先生の表情からは完全に笑顔が消え、本当に最低限の仕事をこなすだけの人となっている。今はまだ、教師としての指導に支障は出ていないけれど、これもいつまで続くか——時間の問題だ。
岩永先生は、確実に壊れ始めていた。本当は、興味が出始めていた。
「……何笑ってんだよ、気持ちわりぃな。ちょっとは助けたりした方がいいんじゃねぇの?」
「別に、笑っていませんけれど。とにかく、今は榊くんの指導の時間です。それ以外の第三者は関係ありません」
正しそうなことを言えば、榊くんの眉間には深い皺が寄る。
壊れていた榊くんは、本当に修復したのだろうか。
そうだとするなら、もう私が彼に施す指導など何もない。
それなのに、今の榊くんから目が離せない。
壊れていた人がまともになる。その事実だけが、私の理解を拒んでいたけれど、多少の感心が出てしまっているのも事実だった。
「だから、気づいてんなら行動しろよ。岩永がどうなっても知らねぇぞ」
「人間、そんなに脆くはありませんから。岩永先生は大丈夫です」
「はぁ!? お前何言ってんだよ! 俺があまり言えたことじゃないけどさ。脆いだろ、人間ってさぁ!!」
机を強く叩かれ、その音に身が飛び跳ねる。
睨むように見つめてくる榊くんの目を、負けないように見つめ返す。
彼の目は、今までの問題行動を起こしていたときとは違っていた。
「……だから何ですか。何度も言うようですが、今は榊くんの指導の時間です。それ以外のことは関係ありません」
「チッ!!」
明らかにイライラした様子の榊くんは、再び机を叩いて椅子から立ち上がった。
「偉ぶってんなよ!!」
「……」
相談室から飛び出した榊くんのことを、追いかけもせずに机に伏せる。
珍しく参っている。
自分自身のことだからこそ、それがよく分かっていた。



