また榊くんがやった。
でも今回は暴力に発展しなかった。
珍しくお互いに言い合いをしていただけだった。
たったそれだけなのに、榊くんが少しだけでも成長したように思えた。
壊れている人がさらに壊れる様子を見たいのに。榊くんの成長が少しだけ嬉しくも見えた。
いつも通り相談室に呼び出し、恒例の名ばかりの指導を行う。
日頃のようなとげとげしいオーラはまとっておらず、どこか冷静で大人しい。
「……で、今日はどうしたんですか。暴力は封印ですか? 明日の天気は下り坂ですか?」
「ホント嫌味ったらしくて、キモイよな」
「嫌味だなんて。そう思われたならそれでいいです」
「認めるんかい。尚更キモいわ」
口角だけを上げた榊くんの表情を、私は真顔のまま見つめる。
今までとは違う態度に驚いたが、その動揺だけは悟られないように感情を消し去った。
壊れている人が、崩壊しない。
すでに壊れている人も、修復が可能なのか?
これまでの経験則では推測ができない事態に、自分の調子が狂ってしまうのを実感した。
◇
ふとした瞬間に、あの頃のことを思い出す。
坂井さんは自殺した。
次の新垣くんは自主退学した。
津田さんは不登校になり、そのまま通信制高校に転校した。
荒れていた猪本くんは、少年院に入った。その次の鈴木くんは除籍、江永さんは年上の彼氏とかいう人に殺害された。
私が指導を施してきた人を救えた実績はない。
みんな何かしらの理由でいなくなってしまった。
救いたいと願っていたのは、坂井さんだけだったと思う。
その後の人たちは、別に救おうと思って行動したわけではない。けれど、そのどれもが後味のいいものでは決してなかった。
でも、壊れていく人を見るのは楽しかった。
それだけが指導のやりがいだった。
だから——榊くんの行動が改まったことに、内心ではひどく動揺してしまった。
職員室に戻ると、俯く岩永先生の周りに他の先生が群がっていた。
重く苦しい空気が流れる中、岩永先生は肩を震わせながら、小さく溜息をつく。
気になったが声掛けは行わず、自席に戻って様子を窺う。
周りとの会話から、状況を読み取ってみることにした。
「……まぁそれって、いわゆる〝モンスターペアレント〟ってやつですよね」
「岩永先生は運がなかった……と言って慰めになるかわかりませんけど」
どこか冷たくも聞こえる、第三者の声が聞こえてくる。
どうやら、岩永先生が受け持つクラスのとある生徒の親が、怒りの電話をかけてきたらしい。
校内での使用が禁止されているスマートフォンを教室で使用し、岩永先生が1日ほど預かった。昨日の話だが、該当の生徒が帰ってから親に報告したのだろう。
教師とは言え、子供の私物を没収するとは何事かと、一方的に岩永先生を怒鳴りつけたのだという。それが、つい先ほどの話だ。
未だに肩を震わせたままの岩永先生は、何度も繰り返し溜息をついていた。その様子は、いつもの岩永先生とはまるで別人のようで、どこか自身がなさげにも見える。
その瞬間、私は坂井さんのことを思い出した。
真面目な人が壊れていく。それはきっと、生徒に限った話ではない。
岩永先生は教師側の人間だが、大人だって何か要因があれば、いとも簡単に壊れていく。
良からぬ事実に気づいたとき、背筋が快感のようなもので震え上がった。
問題児クラスの相手ばかりをするようになり、どこか感じていた物足りなさ。それはきっと、坂井さんのような真面目な人が壊れていく様子を見物すること。
この学校でも〝また〟味わえるかもしれない。
岩永先生を遠くから見つめる。見たことない彼の表情に、背筋が震える。
自然と上がる口角が、どうしても抑えきれなかった。



