あ、あの子。
制服の裾から見えた手首に、複数の擦り傷が見えた。
成績優秀、生活態度良好。一見は問題なさそうに見えても、その手首がすべてを語る。
そういった人の〝欠陥部分〟を見つけるのが趣味みたいになっている。人が壊れる、崩壊していく様子を見たい。
榊くんみたいに最初から壊れている人もいいけれど、真面目で可愛い子が壊れていく様子もそそられる。
あれから榊くんは3週間の停学になった。
つまり、学校には一時的な平穏が訪れていた。
私の受け持つ2年3組は、確かに問題児だらけだ。けれど、榊くんのように暴力沙汰などを起こす問題児が意外にもいない。指導にまで達しない程度の軽度な問題ばかりで、どうにも不完全燃焼な日々が続いている。
◇
子供とは、なんて不安定な生き物なのだろう。
私が教師になった頃は、そんなことばかりを考えていた。
どんなに真面目な子でも、なんらかの悩みや問題を抱えている。そしてそれらが原因で、自傷に走ったり、犯罪に手を染めたり、勉学に集中ができなくなったりする。
可哀想だと思った。
可哀想だから、救いたいと思った。
新任で赴任した学校は、田舎の商業高校だった。
右も左もわからない私は1年生のクラス担任を受け持つことになり、先輩からの指示も仰ぎながら業務を遂行した。
教師を志した理由は、国語が大好きだったことと、人に何かを教えることが好きだったこと。それらが満たされたとき、教師になってよかったと心の底から思えた——はずだった。
国語の授業は何も問題がなかった。
けれど、クラス担任としての業務の方に問題があった。それが私の教師人生の転機となる。
いわゆる〝優等生〟だった坂井真理愛さんは、テストでも学年1位で、成績も生活態度も本当に良好だった。友達にも沢山囲まれて、部活でもテニス部で大活躍していた。
絵に描いたような優等生だった。
そんな坂井さんの闇に気づいたのは、2学期末の個人面談のこと。
最初の違和感は、手首の傷。次に、泳ぐ目。そして、震える声。
笑顔の裏に隠されていた違和感は、指摘しようにも情報不確実で、怖気づいてしまった私は何も言うことができなかった。
坂井さんの親は教育熱心な人で、子供である坂井さんにも、強く当たっていたとか。
本人は笑いながら話してくれたけれど、その笑いはなんだか助けを求めているようにも思えた。
「勉強勉強って……おかしいですよね。だって、進学校ならまだしも、商業科ですよ。大学には行かせないってずっと言われてきたから、実業高校に進学したのに、意味不明ってね!」
「……」
あの時の私は、何も言えなかった。
ただ、坂井さんのことは、助けたいと思った。
「上野先生、うちのクラスの坂井さんですけど……」
——あの子、少し危ないかもしれません。
新任の私が相談したのは、副担任でベテラン教師の上野先生だった。
上手く言葉では言い表せないけれど、どこか危なそう。そんなあやふやな言葉でしかなかったけれど、私自身が感じ取った違和感を一生懸命に伝えた。
でも、上野先生は笑うだけだった。
「そりゃ、黒木先生の考えすぎですよ。子供とはいえ、もう高校生ですよ。人間、そんなに脆くないです」
「でも……」
「黒木先生、考えすぎです。一生徒に介入するより、他にやることもあるでしょう」
「……」
力強い上野先生の言葉に、私は何も言い返せなかった。
何もしないまま過ごした数日後——うちの生徒が自殺を図ったと一報が入る。
その人物こそ、私のクラスの坂井さんだった。
毎日毎日、面談以後も私は坂井さんを注視していた。彼女が日に日に弱っていくところ、壊れていくところ、授業中でも手首をシャーペンで傷つけていること、すべて気づいていた。
気づいていたけれど、何もできなかった。
彼女は確実に壊れていたのに、私はどうすることもできなかった。
その反面、私の中で〝新たな感情〟が生まれていたのもまた事実だった。
人が壊れていく様子、それが妙に美しく思えて、儚くて、なんだか尊い。
人って、簡単に壊れてしまう。
どんなに真面目でも、人は壊れていく。そして壊れたら、取り返しのつかないことになる。
歪んでいると認識していたけれど、その事実に何とも言えない高揚感で背筋が震えた。
◇
最初は、坂井さん。
次は、新垣くんだった。
そしてこの学校に赴任して、津田さんと出会った。
ここまではみんな優等生だった。
この学校は前任校とは違って、〝すでに壊れている〟人も多かった。だからこそ、いつのまにか私は、優等生の相手よりも〝元から壊れている人〟の相手をする機会も増えた。
私の受け持つクラスではなかったけれど、猪本くんの相手をさせられた。その次は鈴木くんと江永さんだった。
そのふたりの対応を学校から評価され、私は問題児だらけのクラス担任を受け持つことになった。問題児は3組に集められ、〝問題児クラス〟と称される。
去年のベスト問題児は、藤川くん、原田くん。今年の初っ端は榊くん。その他はまだグレーゾーン。数々の〝壊れている人〟を相手にしてきた結果、教師としての〝本当の私〟が確立した気がした。そこで初めて、私の中に捻じ曲がった感情があることを知った。
壊れている人が壊れるのも好き。
まともな人が壊れていくのも好き。
簡単に言葉では言い表せない高揚感が、大好きでたまらない。
私が私らしく生きるために、私は私の〝好き〟を貫いていく。



