「ま~た、榊がやりやがった!!」
「んでアイツはすぐに暴力を振るうんだ!?」
焦りながら職員室に入ってくる教師たちは、みんな顔が青ざめていた。
どんよりした複数の目はまっすぐと私に向かい、次々と「黒木先生~……」と声を上げる。
この前の窓ガラスが割れたときも、喧嘩相手に殴り掛かったのが原因。だけど、相手が上手く避けたから窓ガラスが割れた。ただ、それだけ。
今回はきちんとヒットしたみたい。なんて、そんなこと言ったら他の教師から干されてしまうから言わないけど、内心で榊くんに拍手を送った。
職員室を出れば、いろんな声が耳に入ってくる。
興奮している生徒、怒りを露わにする教師、ただの野次馬、いろんな声が飛び交う。
そんな人の波を掻き分けて教室棟の方に向かえば、男性教師に羽交い絞めされた榊くんが視界に入ってくる。
殴られた方の生徒はすでに保健室かどこかへ運ばれているみたいで、わずかな血痕だけがその場には残されていた。
「……ほら、言った通りですね。暴力沙汰、血塗れ——警察はこれからですか? 指導の前にまずは電話ですか?」
「あぁぁぁぁもう、うっせーなぁ!! 担任だからってなんだよ!! 出しゃばんなよクソババア!!」
「別に榊くんが捕まろうが退学になろうが、私には一切関係ないのでいいんですけど。少なくとも私のクラスの生徒である〝今現在〟に関しては、私にはあなたを指導する〝義務〟が生じておりましてねぇ」
男性教師が拘束を半分くらい解く。その隙を狙って、私は榊くんの腕を掴んだ。
女だからって舐められては困る。問題児の行動を制するだけの力くらい、余裕で持ち合わせているのだから。
「触んなぁぁぁぁ!!」
「では、少し落ち着いてはいかがですか。興奮しているから抑えているのですよ」
「うっせーよ!! 黙れよ!!」
榊くんが強く振った頭が、私の顔面に向かってクリティカルヒットする。
予想外の痛みに一瞬だけ拘束する手が外れそうになったが、どうにか持ちこたえた。
「……痛いですね」
鼻から血が流れ出てくるのを感じた。
けれど拭うこともせず、ただ自然に任せて血を垂れ流す。
周りにいた他の先生は青ざめながらティッシュを差し出してきた。でもそれらは受け取らずに、まっすぐ榊くんの顔を見つめ続ける。
その場には、異様な空気だけが漂っていた。
「な……んだよ、なんだよ、なんなんだよテメー!! キモイんだって!!」
「キモくて結構です。とりあえず、相談室に行きますか。いつも通り、指導をしなければなりませんので」
血を流したままニヤリと微笑むと、榊くんを含めた目撃者全員の顔が引きつる。
その光景に、背筋が震えた。
◇
私の本業は国語教師であって、問題児を指導する教師ではない。
むしろそっちがおまけだ。
それでも実際、国語の授業を行うよりも、問題児を指導する方が楽しく感じているのもまた事実であるから、自分の中で少しだけ複雑な感情に見舞われている。
服に血がついてしまったことで、着替えをする羽目になった。
色々と終わらせて職員室に戻ったときは、すでに3時限目の授業中であり、私が授業をする予定だった3年1組の現代文では自習になったそうだ。受け持つクラスのせいで、他の関係ない子たちが割を食うのは、どうにも納得がいかない。
「……く、黒木先生……」
「はい」
控えめに飛んできた声の方に視線を向ける。
怯えたような目で私を見つめるその人は、今年新任として採用された岩永先生だった。
彼は新卒ながらも1年1組の担任を受け持っており、日々奮闘しているように私は見える。
「く、黒木先生の先ほどの対応、カッコよさの中に……恐怖もありました。不躾な質問で大変恐縮ですが、黒木先生の行動理念とかあれば、聞いてみたくて……」
元々消えそうだった声は、最後には本当に消えていく。
両手をもじもじと動かす彼は、あまり男らしくない。なんて、今の時代はそんなこと言ってはダメだけども。
新任教師の疑問に答えることも、先輩の役目か。
そう思い、私も小さく声を発する。その声に、職員室にいる他の教師たちも、耳を澄ましているようで気持ち悪かった。
「——行動理念ってほどのものはないです。ただ……好きなんです」
「……好き……?」
「えぇ、大好きなんです」
椅子から立ち上がり、少し微笑みながら彼の耳元で囁く。
「生徒が壊れていく様が」
「……え……」
「ふふっ」
私はそのまま彼の肩を叩いて、職員室を後にした。
新卒教師には、少し言葉が重かったかな。そう思ったが、今さらどうにもならない。
だって、事実だから。
壊れる生徒を見ていると、最高に楽しいんだから。



