宇宙はお前を救わない

「改めて、ンナポッペ体操をお見せしますね」

 次の日。自分でも信じられないことに、星川はまた、空井と屋上にいた。傍にはここへくる前に天文部の部室へ立ち寄って持ってきた小さな望遠鏡があり、目の前には、フェンスを背に立つ空井がいる。その両手には、U字の金属。音叉というやつだろう。体育座りをして抱えた膝に顎を乗せながら、星川は悪いとわかっているテスト結果を確認する時のような気持ちで空井を見つめた。ろくなことが起こらない。詳細は分からなくても、本能がそう告げている。
 そしてその直感通り、そこからの数分間は、地獄のような時間が流れた。
 風に飛ばされかけている紙切れみたいに、ふわふわと軸のないダンス……と言ってもいいか分からないようなものを舞いながら、空井は時折、手に持った音叉を弾いて上空に掲げる。音叉がなり終われば、またダンス。ひたすらそれの繰り返し。これは本当に現実だろうか。悪い夢では? 星川がそう思い始めた時、空井がぴたりと動きをとめ、汗もかいていないのにふう、と額を拭うと、唖然とする星川を見下ろす。

「以上が、ンナポッペ体操です」
「……」

 感想を求められているわけではないだろう。そう思いたい。なぜなら、ポジティブな言葉が何も思いつかないからだ。さらに。

「……空井くん」
「はい、星川先輩」
「念のため、もう一度確認をさせてもらいたいんだけど……この体操をすると、何が起こるんだっけ?」
「シグネッチ星人をのせたアンドルハイペが地球上にアセンブリします」
「つまり?」
「ここにUFOがきます」

 星川はもう、いちいち新鮮に驚いてあげるのも馬鹿らしいかな、と思う段階にきている。異星間コミュニケーションだ、と思うことにした初日の自分はある意味正解で、空井はなんと、面識のない先輩を夏休み中に呼び出し時間を作らせて、何をしたいのかと思えば、未確認飛行物体、ひいては宇宙人との邂逅をはたしたいらしい。最初からそう言ってくれれば何がなんでも断っていたのに、ンナポッペ体操の正体はおろか、空井が都市伝説研究同好会とかいう怪しい部活に所属していたことだって先ほど知った。避けられない不幸だ。頼み事は断らず、なんでも笑顔でホイホイ受け入れる。本性を隠して、そんなキャラを演じてしまった罰だろう。そう思うことでしか溜飲が下がらない。
 星川は空を見上げた。変わらない星々だ。どんな人間の上にも平等に輝いている。

「今のところ、UFOは来てないみたいだけど」
「それは、今やったばかりだから、ですね」
「即効性じゃないんだ」
「先輩には、夜に電話で突然呼び出しても数十秒以内に駆けつけてくれる知り合いがいますか?」
「人間には無理だけど、宇宙人ならできて良さそうだけどね。瞬間移動やワープくらい」
「先輩、違います。シグネッチ星人は一概に宇宙人と括ることの出来ない存在で、最大の特徴としては」
「待って、それ以上話さないで。言ってなかったけど僕、宇宙人アレルギーなんだ」
「うちゅうじんあれるぎー」
「そう。だからそういう話聞くと気分が悪くなっちゃう」
「へえ。先輩って変な人ですね」

 お前にだけは言われたくない。ハラワタが煮えたぎって噴火しちゃうんじゃないかと思うくらいにイラついたが、星川もまあ、宇宙人アレルギーなんて存在しない病気を作り出してまで空井の話を中断させたので、その代償と思うことにした。それよりも、なんとか星人の生態なんて、聞いても明日には多分忘れる話題で、脳の貴重なリソースを消費したくない。

「おれ、次会う時までに宇宙人アレルギーの治し方、調べておきますね」
「……なんで?」
「星川先輩と宇宙人の話をするために」
「あー。そういうことなら探さなくていいよ。それより、宇宙人……シグネッチ星人はいつ頃来てくれるのかな。二十時をこえると流石に、鍵を託してくれた先生に僕が怒られちゃうんだけど」
「そうですね。大体、一週間以内には来てくれると思います」
「……一週間?」
「はい。最低一週間」
「……今日中は絶対ない?」
「先輩には、夜に電話で突然呼び出しても数十秒以内に駆けつけてくれる知り合いが」
「あーわかった、わかったってば」

 そう言って、両手をあげる。もうほとんど降参だった。望遠鏡を一度貸し出せばそれで終わり、と思っていたのに、このくだらない行事に、最低でも一週間は付き合わないといけないのか。やっぱり今からでもなんとか断れないかな。項垂れる星川の前で、空井は相変わらず無表情で、けれど少しだけ、上機嫌そうだった。



8月4日(火)
UFO:現れず
進展:なし