透明のうらがわ

毎日の労働に疲れていた。

朝、目覚ましが鳴る。止める。もう一度鳴る。止める。
三度目でようやく起きた。
顔を洗う。鏡を見る。少し老けた気がした。気のせいだと思った。

電車に乗る。座れない。前に立っている人も眠そうだった。誰も元気そうではない。
会社に着く。パソコンを開く。
メールを見る。返信をする。

昼になる。適当に飯を食べる。
夜になる。また電車に乗る。帰る。
それの繰り返しだった。

最近、歩くと少し気持ち悪くなる。
階段を上ると息が切れる。
昔なら笑っていたことだった。
今は笑えなかった。

家に着く。靴を脱ぐ。電気をつける。部屋は静かだった。
「……」
テレビをつける。
誰かが笑っている。
内容は分からない。

男はスマホを見る。
連絡はない。友達からも。家族からも。別に珍しいことではない。
でも今日は気になった。
「彼女が欲しい」
口に出してから、自分で少し驚いた。
昔なら言わなかった。
そんなことを言う人間を少し馬鹿にしていた。

その時。
あのバーテンダーの言葉を思い出す。
『彼女なんてそう簡単に作れるものではないと思うが』
「……」
男は笑った。
確かに。
簡単ではなかった。
会社と家を往復しているだけで。
誰かと出会うことなんてない。
駅ですれ違う人も。
コンビニの店員も。
名前すら知らない。

男はスマホを開く。
検索欄に文字を入れる。
ネット恋愛。入力したところで止まる。
「……」
少し前ならこんなものを見ることすらなかった。

男は画面を見た。
そして。
ゆっくり指を動かした。

ああ、そうだった。ネットがダメとか何とか言ってたのは自分だ。