街の光に隠れる居酒屋の中、ぽつりと呟いた男がいた。金曜の夜だというのに店内は静かで、カウンター席には男のほかに客はいない。天井から吊るされた橙色の照明がグラスに反射し、ゆらゆらと揺れている。
男は琥珀色の酒を一口飲むと、深いため息を吐いた。
「ああ、彼女が欲しい」
その言葉に、カウンターの向こうでグラスを磨いていたバーテンダーが苦笑する。
「彼女なんてそう簡単に作れるものではないと思うが」
「分かってるさ」
男は肩をすくめた。
「分かってるけど欲しいものは欲しいだろ。周りを見ればみんな恋人がいる。休日になればデートの写真が流れてくるし、クリスマスになれば幸せアピールばっかりだ。あれを見て何も思わないやつなんているのか?」
「いるんじゃないか」
「少なくとも俺は違う」
男は即答した。
「もう二十五だぞ。高校の頃はまだよかった。大学でもなんとかなった。でも社会人になったら出会いなんて本当にない。職場と家の往復だ。朝起きて仕事に行って、帰って飯を食って寝る。それの繰り返し。気づけば一年が終わってる」
「それで酒を飲みに来たわけか」
「そういうこと」
男は空になったグラスを軽く揺らした。
バーテンダーは新しい酒を注ぎながら、何気ない口調で言った。
「なら、SNSでもやればいい」
男は眉をひそめる。
「SNS?」
「今どきは珍しくないだろう。そこで知り合って付き合う人間もいる」
その瞬間だった。
男は吹き出すように笑った。
「……ふっ」
「何が面白い」
バーテンダーが目を細くする。
男はなおも笑みを浮かべたまま首を振った。
「いや、悪い。でもネットだろ?」
「だから?」
「おもんない。本当に」
男はグラスを持ち上げながら言う。
「おかしいだろ。ネットで恋愛なんて」
バーテンダーは黙って続きを待った。
「恋愛っていうのはさ、実際に会って始まるものじゃないのか?一緒に飯を食ったり、話したり、笑ったり、そういう時間を積み重ねて好きになるんだろ」
男の声は少しずつ熱を帯びていく。
「顔も知らない相手を好きになるなんて理解できない。画面越しだぞ?本当に相手がどんな人間かも分からない。優しい言葉だって簡単に打てるしいくらでも取り繕える」
「そうか」
「そうだよ」
男は勢いよく言った。
「だいたい今の高校生とか見てみろよ。会ったこともない相手に好きだの愛してるだの言ってる。何がそんなにいいんだ。俺にはさっぱり分からない」
「分からない、か」
「分からないね」
店内に静かな音楽が流れる。
男は気づいていなかった。
自分が話すたびに、バーテンダーの表情が少しずつ曇っていることに。
「結局さ」
男は続ける。
「恋愛って現実だから価値があるんだ。同じ時間を過ごしてそれで初めて相手のことを知れる。ネットだけで相手を知った気になるなんて無理だろ」
バーテンダーは磨いていたグラスを静かに置いた。
その音だけがやけに大きく聞こえた。
「そのくらいにしておけ」
低い声だった。
男は思わず眉を上げる。
「なんだよ急に」
「その話はやめておけ」
「なんで?」
男は笑った。
酒が回っていた。
だから気づかなかった。
バーテンダーの声に、わずかな怒りが混じっていたことに。
「別に間違ったこと言ってないだろ」
男は机を軽く叩く。
「あんたはそう思わないのか?なあ」
沈黙が落ちる。
バーテンダーは答えない。
男は首を傾げた。
「おい」
それでも答えない。
そしてぽつりと言う。
「……もし」
男が顔を上げる。
「もし、そのネットの向こうにいる相手を、誰よりも愛してしまったとしたらどうする」
男は琥珀色の酒を一口飲むと、深いため息を吐いた。
「ああ、彼女が欲しい」
その言葉に、カウンターの向こうでグラスを磨いていたバーテンダーが苦笑する。
「彼女なんてそう簡単に作れるものではないと思うが」
「分かってるさ」
男は肩をすくめた。
「分かってるけど欲しいものは欲しいだろ。周りを見ればみんな恋人がいる。休日になればデートの写真が流れてくるし、クリスマスになれば幸せアピールばっかりだ。あれを見て何も思わないやつなんているのか?」
「いるんじゃないか」
「少なくとも俺は違う」
男は即答した。
「もう二十五だぞ。高校の頃はまだよかった。大学でもなんとかなった。でも社会人になったら出会いなんて本当にない。職場と家の往復だ。朝起きて仕事に行って、帰って飯を食って寝る。それの繰り返し。気づけば一年が終わってる」
「それで酒を飲みに来たわけか」
「そういうこと」
男は空になったグラスを軽く揺らした。
バーテンダーは新しい酒を注ぎながら、何気ない口調で言った。
「なら、SNSでもやればいい」
男は眉をひそめる。
「SNS?」
「今どきは珍しくないだろう。そこで知り合って付き合う人間もいる」
その瞬間だった。
男は吹き出すように笑った。
「……ふっ」
「何が面白い」
バーテンダーが目を細くする。
男はなおも笑みを浮かべたまま首を振った。
「いや、悪い。でもネットだろ?」
「だから?」
「おもんない。本当に」
男はグラスを持ち上げながら言う。
「おかしいだろ。ネットで恋愛なんて」
バーテンダーは黙って続きを待った。
「恋愛っていうのはさ、実際に会って始まるものじゃないのか?一緒に飯を食ったり、話したり、笑ったり、そういう時間を積み重ねて好きになるんだろ」
男の声は少しずつ熱を帯びていく。
「顔も知らない相手を好きになるなんて理解できない。画面越しだぞ?本当に相手がどんな人間かも分からない。優しい言葉だって簡単に打てるしいくらでも取り繕える」
「そうか」
「そうだよ」
男は勢いよく言った。
「だいたい今の高校生とか見てみろよ。会ったこともない相手に好きだの愛してるだの言ってる。何がそんなにいいんだ。俺にはさっぱり分からない」
「分からない、か」
「分からないね」
店内に静かな音楽が流れる。
男は気づいていなかった。
自分が話すたびに、バーテンダーの表情が少しずつ曇っていることに。
「結局さ」
男は続ける。
「恋愛って現実だから価値があるんだ。同じ時間を過ごしてそれで初めて相手のことを知れる。ネットだけで相手を知った気になるなんて無理だろ」
バーテンダーは磨いていたグラスを静かに置いた。
その音だけがやけに大きく聞こえた。
「そのくらいにしておけ」
低い声だった。
男は思わず眉を上げる。
「なんだよ急に」
「その話はやめておけ」
「なんで?」
男は笑った。
酒が回っていた。
だから気づかなかった。
バーテンダーの声に、わずかな怒りが混じっていたことに。
「別に間違ったこと言ってないだろ」
男は机を軽く叩く。
「あんたはそう思わないのか?なあ」
沈黙が落ちる。
バーテンダーは答えない。
男は首を傾げた。
「おい」
それでも答えない。
そしてぽつりと言う。
「……もし」
男が顔を上げる。
「もし、そのネットの向こうにいる相手を、誰よりも愛してしまったとしたらどうする」



