吹奏楽部の後輩が俺をあきらめてくれません

 俺と高森の関係は振り出しに戻った。
 楽譜の記号で例えるならD.C.(ダ・カーポ)みたいなものだ。
 ダ・カーポは楽譜の初め戻って、fine(フィーネ)という記号があるところまで演奏する。
 ちなみに、フィーネは終わりという意味。
 俺は高森との関係を終わらせるために拒んだはずだった。
 なのに、また始まってしまった。
 そして、最初とそっくりそのままの演奏なんてできないように、俺と高森の関係は少し変わった。
「先輩。なんですかそれ」
 数日後の放課後。個人練習の前に音楽室でクラリネットを組み立てていたら、高森に聞かれた。
 俺はふふんと笑いながら、クラリネットの例のカバーを見せた。
「非売品だからな。これなら真似できないだろ」
 緑色のカバーに赤のマジックで水玉模様を描いた。
 俺の趣味じゃないけど、こんな奇妙な柄ならお揃いにする気など起きないだろう。
 そう企んだのだけど。
「かわいいですね。俺もさっそく真似します」
「やめとけよ。変だろ」
「先輩とお揃いなら何でもいいです」
 俺はさっと周りを見る。
 よかった。
 特に他の部員はこっちを見ていない。
 今の会話を聞かれても特に問題はないのに、なんで気にしてしまうのか。
 どうせ誰も高森が平凡な俺を好きだなどとは思わないのに。
 自意識過剰すぎて馬鹿らしくなってくる。
 俺は高森を置いて、個人練習の場所に向かう。
 高森は慌てもせず、俺に追いついてきた。
「最近、先輩が俺のこと意識してくれて嬉しいです」
「意識してるわけじゃない」
 そう。決してそういうわけじゃない。
 隣の高森をちらっと見ると、柔らかく微笑んでこっちを見てくる。
 それに心臓が落ち着かなくなる。
 最近の高森は以前のように勢いで好き好き言ってこなくなった。
 余裕のある態度で俺を優しい目でじっと見てくる。
 好きって言われるよりも変な気分になるからやめてほしい。
(変な気分ってなんだよ)
 俺は無理矢理話を切り替えた。
「部活の後、酒井先輩たちがアイスに食べて帰ろうって言ってたけど高森も行く?」
 正確には「高森くんも誘ってよ。宮野がいたら高森くん絶対来るでしょ」と誘われた。
 酒井先輩は三年で、俺たちと同じ木管楽器であるサックスの担当。
 ウェーブがかった黒髪ロングのギャルっぽい人で、他の女子や先輩たちとは違い、高森にぐいぐい来るわけじゃない。
 だから、高森も大丈夫だろう。
「どうする?」
 高森は一瞬黙って、急にそっけない口調になった。
「俺は行きません。甘い物好きじゃないので」
「ああそっか。じゃあしょうがないな」
「先輩。先輩は俺が好きって言ったこと、忘れちゃったんですか」
「忘れるわけないだろ」
「だったらもうちょっと俺の気持ちとか想像して欲しいんですけど」
 そこから高森は部活中もそっけないままだった。
 これも前までの高森とは違う。
 先輩先輩、と慕ってくるだけだったのに。
 高森にそっけなくされると俺は焦ってしまう。
「えっと。じゃあまたな高森」
 部活後。昇降口まで一緒についてきた高森に俺はぎこちなく挨拶をする。
「はい。さようなら」
 高森はどこか納得のいってなさそうな顔で頭を下げて背を向けた。
 が、すぐにこっちを振り返る。
「宮野先輩は本当に行っちゃうんですか。先輩たちとアイス食べに」
「一応誘われたし行った方がいいだろ」
「そうですか」
 高森はそっけなくを通り越し、怒ったような顔で帰っていった。
 俺ってそんなに悪いことを言っただろうか。
 ぐるぐる考えていると、アイスに誘ってくれた酒井先輩と、その友達二人がやってきた。
「あれー?高森くんはー?」
「すみません。帰りました。甘い物はあんまり好きじゃないらしくて」
「えー。ちゃんと誘ってくれなきゃ困るんだけどー。何のためのに宮野まで誘ったと思ってんの」
「残念!どんまい!」
 酒井先輩と同じくサックスの草田先輩が合いの手を入れる。
 草田先輩は長い髪を一つに結んでいて、真面目そうに見えるけど、元気でいつも爆笑してる先輩だ。
「もしかして二人ってまだ喧嘩したりしてる?」
 おっとりした声で聞いてきたのがフルートの松本先輩。
 声と同じくおっとりした人で、黒髪ロングをゆるく二つに結んでいる。
「いや、そもそも喧嘩はしてないんですけど……」
「じゃあほんとに高森くんって甘い物嫌いなんだ」
「そうみたいです。俺も今日初めて知りました」
「えー。宮野って高森くんと仲いいんじゃないのー?」
「いや、そこまで仲がいいってわけじゃないですよ」
「でもいつも高森くん、宮野に着いてってるじゃん」
 それはそうだけど。
 でも俺は高森のことをあまりよく知らない。
 何が好きか嫌いか、聞いたことがない。
 今日だってなんであんなに怒っていたのかまるでわからない。
(マジでなんで怒ってたんだろう)
 また考え始めた俺に酒井先輩のため息が聞こえた。
「はーあ。しょうがないから宮野にアイス奢ってあげるか。先輩いないのに頑張ってるしね」
 そういうわけで、俺は先輩たちとアイスを食べることになった。
 と言っても、俺たちの住む町には都会にあるような某アイスクリーム屋のチェーン店などはない。
 高校の近くのコンビニでアイスを買い、店の外でアイスを食べる。
 先輩たちは三人で話し始め、俺は自然と空気になった。
「高森くんって全然うちらと話してくんないよね」
「あんたが何かしてきそうで怖いんでしょ!」
「えー。何にもしないのにー」
 酒井先輩の含みのある言い方で俺はあっ、となる。
「あの、酒井先輩ってもしかして高森のこと……」
「えー? 宮野気付いてなかったの? 本当はうちらのパートに来てもらおうと思ってすごい誘ったんだけど断られちゃったんだよねー」
「実は私も」
 松本先輩までもが小さく手を上げる。
 そうか。
 だから高森はあんな怒ってたのか。
 高森はこういうの苦手なのに、悪いことをした。
 明日謝ろう。
 俺はそう決めて、ソーダアイスをかじった。
 先輩たちはゆっくりとカップアイスを食べながら会話を続けている。
 クラスで一番かっこいい男子とか、どの男子となら付き合えるとか。
 恐らく高森のようなイケメンがいたら話さないであろう露骨な話。
 俺は本当に高森を呼び出すために呼ばれたみたいだ。
「てか私には宮野に彼女がいたの未だに信じられないんだけどー。奇跡って感じだよねー」
「奇跡って! 言い過ぎ!」
 酒井先輩の言葉に草田先輩が手を叩いて爆笑する。
「まあ好みは人それぞれだから。宮野くんがいいって人だっているよ」
 松本先輩がフォローしてくたけど、傷口に塩を塗られただけのような。
(俺だってそう思ってるよ。なんで付き合えたのか未だにわかんないし)
 ここで先輩たちに高森が好きなのは俺なんですけど、と言ったらどんな顔をするだろう。
 きっと、馬鹿なこと言わないでよーと信じてくれない気がする。
 来なきゃよかったな、と後悔しながら俺はアイスを食べ終えた。