吹奏楽部の後輩が俺をあきらめてくれません

 二年二組のテントでは焼きそばの準備が始まっていた。
「宮野。すでに疲れてないか?やれるか?」
 先に来ていた西脇に聞かれ、俺はエプロンをつけつつ返す。
「いや、なんかちょっと朝からバタバタしてたから」
「ああ、そっか。お前はよくやってるよ。吹奏楽部とかいうほぼ男のいない魔境で」
「魔境ってなんだよ。最初に誘ったのはお前だろ」
「二人ともこっち入ってー」
 クラスメイトに言われて、俺は西脇と共に調理を開始する。
 昼時になり、ひたすら焼きそばを作ってパックに詰める時間が過ぎる。
 合間に汗を拭き、一呼吸する。
「先輩。差し入れどうぞ」
 ふいに高森がお茶のペットボトルを二本持って現れた。
 俺だけじゃなく、西脇にも買ってきたらしい。
「できた後輩だな」
 高森が去ってから、西脇が俺の肩を叩く。
「そうだな」
 店番が交代になり、俺は西脇と何となく校内をうろつくことにした。
「さっきの後輩と行かなくていいの? 宮野結構慕われてんだろう?」
「高森とはさっき回ったからいいんだよ」
 差し入れを持ってきた時も、特に何も言ってこなかった。
 今日はもう会うことはないだろう。
 もうすぐ文化祭が終わる。
 それで、この先俺たちはどうなるんだろう。
 さっき高森は美紀に言っていた。
 俺だってわかんないですよ、って。
 高森だって自信満々ってわけじゃないんだ。
 後輩から話しかけるのは勇気がいるとも言っていたし。
 それでも高森は俺のことが好きで、あきらめない。
 俺はこのまま、高森の気持ちを受け取るだけでいいんだろうか。
 同情を抜きにして、俺は高森のことどう思ってるんだろう。
 考えつつ廊下を歩いていると、酒井先輩と草田先輩に会った。
 この前、俺が一緒にアイスを食べに行った吹奏楽部の先輩たちだ。
 二人とも首からサックスを下げている。
「何してるんですか」
「あーこれ? うちらこれから中庭でライブすることにしたんだけど宮野も来る? ついでに高森くんも呼んでよ」
「ついでじゃなくって高森くんの方が目当てでしょ!」
「お願い宮野。うちらもう最後の文化祭だし、ね?」
 酒井先輩がじっと俺を見てくる。
 俺が言えば高森は来るかもしれない。
 先輩に最後にいい思い出を作ってあげたっていいじゃないか。
 酒井先輩に迫られたとしても、高森は自分で拒める。
 別に俺が居なくたって大丈夫。
 大丈夫だけど、嫌だ。
 俺が。
「先輩すみません。俺、やるなら高森と二人でやりたいです」
「えー。宮野ばっかりずるいんだけど。高森くんのこと独り占めして」
「すみません。高森は俺の後輩なんで」
「ちょっと何それー」
 酒井先輩はぶーぶー言いながらも、草田先輩に連れられて去って行く。
「ごめん西脇。やっぱ俺、後輩とちょっと行ってくる」
「行ってこい、先輩」
 俺は人混みをすり抜けて、音楽室へ向かった。
 高森にはスマホで『来れたら音楽室来て。中庭でなんか一緒に演奏しよう』と、メッセージを送った。
 騒がしい校内の中で、誰もいない音楽室はひっそりと静まり返っていた。
 音楽室準備室に行き、自分と高森の楽器ケースを音楽室へと運ぶ。
 絨毯の上に楽器ケースを置いて、その前に座る。
 準備をしようとしたら、高森が入口に現れた。
「なんですか。急に呼び出して」
 高森は息を切らしながら、上履きを脱いでこちらにやってくる。
「文化祭の思い出に一緒に演奏したいと思ったんだよ。せっかく誘ってくれたのになんか変なことになっちゃったから」
「俺のためですか」
「まあそうかもな」
 曖昧に答えると、高森は静かに俺の隣に座った。
「あれは別に先輩のせいじゃないですからね。俺が勝手に怒っちゃっただけですし」
 そう言いながらも、高森の横顔は嬉しさを隠しきれてない。
(本当に俺のこと好きなんだな)
 ただただ胸がきゅんとなる。
 前に同じことを思った時とは違う。
 俺は高森にバレないように、小さく息を吸って吐く。
「なあ高森」
「なんですか?」
 目が合う。
 茶色っぽいきれいな瞳を見つめて、俺は言った。
「俺と付き合う?」
「え」
 高森が言葉を失くす。
「何だよ。びっくりして。あんだけ言ってたのに本気じゃなかったのか?」
「ごめんなさい。まさか今言われるとは思わなくて。卒業までにどうにかなればいいなと思ってたんですけど」
「ずっと好きなまま待たせるのとか嫌なんだよ。俺は」
 高森がいきなり抱き着いてくる。
 俺は後ろに倒れそうになったけど、何とかそれを抱きしめた。
「先輩。好きです」
「うん。ずっと好きでいてくれたんだよな」
 背中をぽんと叩く。
 今まではそれが素直に受け止められなかった。
 俺なんかのどこが好きなんだって。
 でも、高森が俺をあきらめなかったから。
 俺もちゃんと受け止めたいって思ったんだ。
 高森を傷つけてしまうかもしれないって怖さはあるけど、それでも高森の気持ちに応えたかった。
 しばらく抱き合ったあと、高森の方が体を離した。
「宮野先輩。思い出だったらこっちの方がいいです」
 顔が近づいてきて、何をされるか察した俺は「おい」と片手で制する。
「それはまだ早すぎるだろ」
「だめならいいですけど」
 視線を逸らせ、引き下がろうとする高森に、ため息を吐く。
「したかったらす──」
 ればいい、と言い終わらない内に、唇が合わさる。
 お互いの気持ちのズレとか心配する必要ないくらい、どきどきしている。
 ていうか、そんなこと考える余裕もない。
 高森の唇はあたかかいというより熱くて、これ以上は耐えられそうもないので、俺はそっと離れた。
 高森の顔をうかがうと、真っ赤に染まって、目も潤んでいた。
 高森もどきどきしている。
 そして、怖かったりもするのだろう。
 ふっと安心して、笑みがこぼれた。
「先輩。そうやって笑ってられるのも今のうちですからね。俺の気持ちを舐めないでください」
 高森が口元を抑えて、悔し気に俺を見る。
 俺は悪いと思いつつ、声を上げて笑った。
「行こう。高森。早くしないと文化祭終わる」
 クラリネットを持って、二人で音楽室を出る。
「高森。とりあえずこのカバーはもう変えよう」
 緑に赤い水玉模様のままのカバーに指を掛けて見せると、高森は「しばらくはこれがいいです」と答える。
「先輩とお揃いなの世界にこれだけですから」
「……わかったよ」
 俺と高森の関係にはまだまだ終わりそうが来そうにない。