吹奏楽部の後輩が俺をあきらめてくれません

「先輩、行きますよ」
 楽器の片づけが済んですぐ、高森が言う。
「えっ、あ、うん」
 そうだ。
 これから高森と一緒に行動するんだった。
 意識したら急に緊張してきた。
 いや、緊張することなど何もない。
 高森と並び、音楽室を出る。
「どこいきます?」
「とりあえずクラスのとこ戻る前に飯食っときたいんだけど」
「わかりました。他は?」
「いやまあ実は特にないんだけど。高森は?」
「じゃあ俺のクラス来てください。頑張って作ったんで」
 高森がにこっとして、俺はそのいつも通りな笑顔にほっとする。
 本当に、緊張することなんて何もない。
 だが、俺はすぐにそれを撤回することになった。
「先輩もほら、ハートの片方作ってください」
 高森のクラス、一年一組が教室でやっているフォトスポット。
 そこに連れて行かれた俺は高森と並んで写真を撮ることになった。
 というか、撮らされる羽目になった。
 俺たちの後ろには段ボールで作ったハートだらけの背景。おまけにハートの風船が何個も浮いている。
 明らかに恋人同士が写真を撮るのに適したフォトスポット。
 そこで高森は片方の手でハートを作って待っている。
(できるか。恥ずかしい)
 俺は手を体の横に置いたまま、高森の隣に並ぶ。
「すみませーん!照れずに早くしてあげてくださーい!後ろつっかえてまーす!」
 撮影係をやっている男子生徒がスマホを片手に言って、周りの生徒たちが笑う。
 俺はため息を吐き、渋々ハートの片方を作って、高森に合わせる。
 写真を撮る間、俺たちをちらちら見てくる女子生徒がいた。
「高森くんがすごいはしゃいんでんだけど」
「隣の誰?」
「部活の先輩だって。さっきステージで高森くんの隣にいたでしょ」
「そうだっけ」
 たぶん高森と同じクラスの子たちなんだろう。
 高森って普段そんなはしゃいでないのか。
 俺の前ではテンション高いので意外だった。
 高森は撮影係からスマホを受け取って、俺のところにやってくる。
「先輩にも送ってあげますね」
「いいよ別に」
 元カノとだってこんな浮かれた写真は撮ったことがない。
 少し屈辱だ。 
 けど、すぐに俺のスマホに写真が送られてきて、結局は俺はその写真を保存してしまう。
「これからもいっぱい二人でたくさん思い出作りましょうね」
 やだよ、と言おうとして口を閉じる。
 楽しそうな笑顔で言われたら、強く拒否するすことができない。
 やっぱり俺は高森に同情してるのだろうか。
 彼女に好きになってもらえなかった自分みたいに、高森がかわいそうに見えるから。
 だから拒否できないんだろうか。
 そうな気もするし、違うような気もするし、わからない。
「思い出作るのはいいけど、早くしないと時間なくなるぞ。高森だってクラスの手伝いとかあるだろ」
「思い出作ってくれるんですか?」
「いや、それは」
「ま、今日は全部思い出だからいいですけど」
「……で、手伝いはいつからなんだよ」
「午後からちょっとだけ」
「じゃあ早く行こう」
 俺はそう言って、高森と廊下を歩き出した。
 そして、俺たちは色々見て回ったあと、校舎の外にある模擬店エリアに向かった。
 そこには地元の飲食店が出店しているキッチンカーも来ていて、いちご飴やクレープを買った。
 それから、別のクラスの屋台でフライドポテトも。
「あそこで食べますか。ちょうど木の陰だし」
 高森が指差したのは中庭の隅にあるベンチだった。
 うちの高校には小さいけど、中庭がある。
 午後からはここで有志によるバンド演奏や、漫才があるので、その準備をしている生徒たちもちらほらいた。
 俺と高森はベンチに二人で並んで座った。
 高森はフライドポテト。
 俺はキッチンカーで買ったシュガーバタークレープをまず手に取った。
「先輩って素朴なの好きですよね。たこ焼きも塩選んでましたし」
「ああ、うん」
「なんかすごい先輩っぽいですよね。どっちも」
 目を細めて見つめられ、俺はどきっとする。
 普通に先輩と後輩として楽しんでいたけど、高森は俺が好きなんだった。
 これは忘れてるんじゃないかと怒られても仕方がない。
「なあ。高森はこんなんでいいのか、思い出」
「はい。特に先輩が俺とハート作ってくれた写真は宝物です」
「俺としては消してほしいんだけど」
「絶対嫌です。ずっと大事にします」
 ずっと。
 そう言われて、きゅんとしてしまう。
 いけない。
「高森は辛いのが好きなのか?」
 高森の買ったフライドポテトには辛いソースが掛かっていたので、聞いてみる。
「はい。これよりもっと辛くて全然いいんですけどね。あと苦いのも好きです。茶道部の抹茶おいしかったですね」
「そうだな。あれはうまかった。てかよかったわ」
「何がよかったんですか?」
「高森がちゃんと自分の好きなもの食ってて。たこ焼き食った時、俺に合わせて選んでただろ」
「わかってたんですか」
 俺が頷くと、高森は恥ずかしそうに俯いた。
「気にしないでいいんですけどそれは」
「嫌だよ。どうせ一緒に食うなら高森にも好きなもん食ってほしいし」
 俺が笑いかけると、高森はなぜか感激したような顔をして唇をぎゅっと結び、いちご飴を差し出してきた。
「先輩っ。これも食べてください!」
「ああ、うん。あとでな」
「俺が食べさせてもいいですか」
「は?」
「食べてほしいんです」
「いや自分で食べるから。まだクレープ食ってる途中だし」
 高森がぷくっと頬を膨らませる。
「先輩も頑固ですね」
 恨めしそうな目で見られても無理なものは無理だ。
「誰が見てるかわかんないだろ」
「じゃあ俺に食べさせてくれませんか?」
「は?高森は甘い物苦手だろ」
「先輩がくれるなら食べます。ください」
 高森がいちご飴を俺に渡し、首を傾げてねだってくる。
 そんなポーズをしてもかわいくない。
「早くしないと食べちゃいますよ」
 ちょっと背伸びした言い方の高森に、ムッとしてじゃあ自分で食え、と言おうとした瞬間。
「今年は美紀と回れて嬉しい」
 元カノの名前が耳に飛び込んできて、俺は固まった。
「去年は宮野くんに取られちゃったもんね」
 声がする方に顔を向ける。
 ちょうど美紀とその友達二人が俺たちの近くを通り過ぎるところだった。
 こっちには気づいていない。
 俺はいちご飴を持ったまま、彼女たちを見つめてしまう。
「ねーずっと聞けなかったんだけど、美紀ってなんで宮野くんと付き合ってたの?」
 聞きたくない。
 そう思うのに耳が勝手に会話を拾う。
「私、恋愛とかよくわかんなくて一回誰かと付き合って見ればわかるかなってそう思ったから」
「宮野くんじゃ無理でしょ。もっとかっこいい男子と付き合わなきゃ。美紀かわいいんだし。もったいないことしたね」
「そうだよ。なんで宮野くんって正直思ったもん」
 くすくすと友達の笑う声。
 傷ついたけど、笑われても仕方ない。
 自分でもなんで美紀と付き合えたのかわかってなかったし。
 そういう理由だったのか。
 ずっとなんでだろうと思っていたけど、ようやく腑に落ちた。
 美紀たちが遠ざかっていく。
「何なんですかあの人たち」
「別に高森が怒んなくていいって。俺はもうとっくに吹っ切れてるし。さっさと食おう?時間ないし」
 だが、高森は俺の言うことを聞かず、いきなり立ち上がった。
「高森?」
 高森は俺が止める間もなく、美紀たちのところにずんずん歩いていく。
 俺は慌てて高森を追いかけた。
「ちょっといいですか」
 高森の声に美紀たちが振り返る。
 久々に近くで見る美紀は変わらず美人だった。白い肌につやっとしたストレートの黒髪ロング。大きな黒い瞳。
 けどそれよりも、俺は高森が何を言い出すのか、そっちが気になって仕方ない。
 高森の手を引こうとするけど、全然動かない。
 美紀たちが俺を奇妙なものでも見る目で見てくる。
 俺がどうにもできないでいる間に、高森が口をひらいた。
「さっきの話聞いちゃったんですけど、ふざけんですか。恋愛がわかんないから一回付き合ってみるとか。そんなんでわかるわけないじゃないですか。俺だって、恋が何かとわかんないですよ? それでもこっちは必死に一生懸命やってるんです!」
 言うだけ言って高森はその場を去っていく。
 美紀たちは呆然としていて、俺はあわあわとしながら彼女たちに説明した。
「ごめん! なんかあいつ、今日はちょっと調子悪いみたいで!」
 手に持ったままだったいちご飴とクレープ。ベンチに置いたままの食べ物を持って、高森を探した。
 高森は校舎裏の陰にうずくまっていた。
「高森」
 声を掛けて、隣にしゃがみこむ。
 その顔を見て、俺はぎょっとした。
 目が赤くなっている。
「泣いてんの!? なんで!?」
「泣いてないし、先輩、声大きすぎます」
 高森が目元を手で拭って俺をじろっと睨んでくる。
「ごめん」
 俺が謝ると高森は鼻を啜った。
(やっぱ泣いてんじゃないか)
 俺はティッシュをスラックスのポケットから出そうとする。
 けど、両手にはクレープといちご飴があってできない。
「ティッシュ! 使うならここにあるから!」
 俺が肘で示すと、高森は「自分のがあるので」と断った。
 そして「最悪です」と呟いた。
「今日は先輩とせっかく楽しく過ごそうと思ったのに、色々上手くいかないし。普通に誘えばいいのに変な駆け引きしちゃうし、先輩が女子の先輩たちに構われてるの見てイライラしちゃうし、ステージでもミスしそうになるし。先輩の元カノにも怒っちゃったし。……俺は宮野先輩のこと、ただ好きでいたいだけなのに」
 高森が腕に顔を埋め、もう一度鼻を啜る。
「高森は充分できでるだろ」
「どこがですが。全然できてないですよ。頑固な先輩にまでイライラしちゃうし」
 高森の目がうるうるしてくる。
「泣くなって」
「泣いてません」
 涙を拭いてやろうにも俺の両手は塞がっている。
 まいったな、と思いながら言葉を探す。
「別に俺もあの彼女、美紀のことただ好きってだけで付き合ったわけじゃないから」
 高森がどういうことかと首を傾げ、こちらを見返してくる。
 潤んだ高森の目はきれいで、俺はそれを見ることができなくて、視線を落とす。
「美紀はクラスでも人気の子だったんだよ。けど高嶺の花っていうのかな。近寄りがたいし、周りではあの友達がガードしてるしであんまり男子で話しかける人いなかったんだよ。俺は偶然隣の席になって。話しかけてみたらなんか仲良くなっちゃって。それで思ったんだよ。こんな普通の俺でもこのままぐいぐい行っちゃえばかわいい子と付き合えるんじゃないかって」
 ずっと隠してきた醜くくて弱い自分をさらけ出す。
 これで高森ががっかりしてくれたらいい。
 本心から思っていたわけじゃないけど、それならそれでいいと思った。
 けれど、高森の反応は思っていたのと違った。
「俺も先輩にぐいぐいこられたいです」
 おい。
 ひたむきな高森の目に、俺はなんでだよと項垂れそうになる。
「俺はもう嫌なんだよ。そういうのは。片方だけが相手のこと好きとか、しんどいだけだろ」
「先輩は俺のこと少しもほんの少しも好きじゃないんですか。ちょっとくらいどきっとしたりしたことないんですか」
 そう言われたら、ないとは言えない。
 俺が黙ってしまうと高森は急にこちらに近づいてくる。
「だったら俺と付き合ってください。俺は別に自分だけが先輩のこと好きでも気にしません。先輩が俺のこと好きになればそれで済む話ですし」
 強気なことを真顔で言われて、俺は圧倒されてしまう。
 このままだと押される。
 といったところで、ちょうどスマホのアラームが鳴った。
 そういえば店番の時間が来る少し前に鳴るよう設定していたんだった。
 救われた気分で立ち上がる。
「ごめん。そろそろクラスの手伝い行かなきゃ」
「やっぱ今日は全然上手く行かない」
 高森は不貞腐れるのを隠そうともせず、俺の手からいちご飴を取った。
「これは俺がもらっておきます」
「ああ、ありがとう」
「でも俺は甘い物は無理なので先輩が食べてください」
 高森が立ち上がって、いちご飴を差し出してくる。
 時間が迫る。
 ああもういいや。
 俺はやけくそになって、いちご飴にかじりついた。
 高森の顔を見れば、最初はびっくりしていだけど、徐々に嬉しそうになってくる。
 いちご飴を素早く食べ終わると、次はクレープまで差し出される。
 悔しいけど、お腹が空いたまま店番するのは辛いから、食べてやった。
 高森は満足げに「よくできました」などと言っていたが、急に真面目な顔になる。
「先輩。こんなこと本当は言いたくないですけど、先輩の彼女だった人もほんのちょっとくらいは先輩のこと好きだったと思いますよ」
「え?」
「まったく好きでもない人と付き合える人はいないと思います」
 世の中にはそうじゃない人だっているだろう。けど、高森に言われると、そうかもなと思えてくる。
 やっぱかっこいいな。こういうところは。
「ほんのちょっとかよ」
 照れ隠しでついツッコむ。
「そうじゃなきゃ困ります。先輩はこれから俺と付き合うんだし。ほんのちょっとでも好きでいてほしくないです」
 こっちこそ宣言されても困る。
 けれど、高森のおかげで今までずっと心に刺さっていたものがなくなっていく気がした。
 ずっと後悔していた。自分には届かない相手と付き合ったことを。
 でもそれも、悪いことばかりだったわけじゃないのかもしれない。
 俺は彼女が俺の話で笑ってくれるのが嬉しかった。
 そういう純粋な気持ちも確かにあったんだ。
「ありがとう。いちご飴とクレープ、うまかった」
「なんか先輩、急に素直になりましたね」
 それには答えず、俺は校舎の外にある模擬店エリアに向かった。