翌日の朝。
快晴の空の下、文化祭が始まり、校内はいつもより賑やかになる。
廊下はクラスごとに色が違うTシャツを着た生徒たちで溢れ、カラフルに染まっていた。
俺が着ているクラスTシャツは今日の気分と同じブルー。
もやついて、何となく気分が乗らないまま、人を避けながら廊下を歩く。
吹奏楽部のステージ演奏は午前中にある。
これから音楽室で練習をして、すぐに出番だ。
音楽室に行くと、部員のほとんどが来ていた。
みんな楽器の音出しをしながら普段以上に騒いでいる。
俺は入口から中を覗いた。
部活の合奏の時と同じく、黒板の方を向いて、ずらりと椅子が並べられている。それぞれのパートごとに座る場所が決まっており、俺と高森は一番前の左側。
高森はもうすでに自分の席にいた。
俺は何となく気まずくて、廊下側の入口から音楽準備室に入り、楽器を取りいった。
準備室には誰もいない。
棚から楽器ケースと、楽譜の入った分厚いファイルを手に取る。
すると、ひらりとメモが一枚落ちてきた。
拾い上げて見てみると、手書きのメモだった。
『先輩へ 今日、俺と一緒にいてくれませんか?』
差出人の名前はないけど、高森の字だ。
「なんで」
「びっくりしました?」
答えがすぐ後ろから返ってきて、ぎょっとする。
「こんなことせずに口で言えばいいだろ」
驚きすぎて怒りつつ振り向くと、高森は悪戯っぽく笑っていた。
高森のクラスTシャツはオレンジだった。
高森っぽい色だな、とまったく関係ないことを思う。
気付けば高森に距離を詰められていた。
「ちょっと変わったことした方がオッケーしてもらえるかなって。いいですか?」
俺は微妙に後ずさりする。
「俺がもし他の誰かと約束してたらどうするんだよ」
「約束してるんですか?」
「まあしてるといえばしてるけど」
西脇はわりとクラスの誰とでも話す方で他にも友達はいる。俺がいなくても平気だろう。
「……たぶん行ける」
「もしかして、誘われるの待ってたりしましたか?」
「は!?」
顔を覗き込まれそうになって、高森の胸を押し返した。
「待ってない! 昼までなら付き合ってやるよ。そっからはクラスの店番やんなきゃいけないから!」
高森を置いて準備室を出る。
(なんで俺はいきなり誘われたくらいで動揺してるんだよ)
俯きながら、自分の席に向かう。
そのせいで、ちょうど準備室を出たところにいた先輩たちにぶつかった。
俺は咄嗟に顔を上げて謝った。
「危ないじゃん」と言いながら、先輩の一人が俺の顔を覗き込んできた。
さっきの高森とのやり取りが蘇って、じわっと顔が熱くなる。
「宮野ってば何顔赤くしてんの」
「私たちがいつもよりかわいいから緊張してんじゃない?」
先輩たちがお互いのツインテールを引っ張り合って、大声で笑う。
今日、吹奏楽部はステージで最近流行ってるアイドルソングのメドレーを演奏する。
だから先輩たちはアイドルっぽくリボンをつけてばっちりメイクをしているんだろう。
かわいいけど、そのせいで顔を赤くしてるわけじゃない。
高森に不意打ちで誘われたから。
ていうか、これくらいのことでなんで俺が顔を赤くしなきゃいけないのか。
俺は誘われたかったわけじゃない。嬉しかったわけでもない。
早く顔の赤みが引いてくれるよう祈っていると、先輩が言った。
「宮野も今日くらい見た目変えたら?」
「メイクしてあげよっか?」
「ここ座りな。ついでに髪もやってあげる」
「いや、あの、いいです!」
先輩たちに俺の声は届かず、側にあった椅子座らされ、がしっと肩を押さえられる。
先輩の一人がポーチを持ってきて、メイク用品を取り出した。
俺は拒否できぬまま、先輩に塗ったこともない謎のクリームが肌に乗せられそうになる。
「先輩」
寸前で低い声が聞こえ、びくりとしながら、声のした上の方を見上げる。
高森が明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、こちらを見下ろしていた。
「あ、高森くんもメイクする? てかしたい!」
「ここ座って!」
先輩たちが声を高くする。
高森は一言「いいです」ときっぱり言って、俺の肩に手を置いた。
「宮野先輩に教えてもらいたいことがあるので、先輩方は向こうに行ってもらえますか」
高森の静かな圧を感じたのか、先輩たちは「ごめんね邪魔してー」とあっさり引き下がっていた。
俺はそのまま高森に引っ張られ、自分の席に連れていかれる。
高森は変わった。
前は先輩たちに対して強く出られなかったのに、今日ははっきり言えている。
それよりも俺が気になったのは高森が俺の肩に触れたことだった。
先輩は自分のものだから触れるなとでもいうような態度だった。
いや、俺の勘違いかもしれないけど。
「何? 教えてほしいことって」
気を取り直して聞けば、高森は顔をそらす。
「ないです別に」
それから高森はぼそっと続けた。
「俺が止めなかったら宮野先輩はあの人たちにメイクさせてたんですか」
「え?」
「ごめんなさい。されたかったら勝手にされてください。俺は見ないようにしますから」
「高森、お前なんか今日変じゃない?」
「自分でもわかってます。でもどうしようもないので放っておいてください」
何だかぎくしゃくしたまま、練習がスタートし、あっという間にステージ演奏の時間が近づく。
体育館に移動する時も、高森は俺の隣にいたけど、全然喋らなかった。
出番直前。
ステージの袖で俺はこそっと高森に聞いた。
「なあ高森。まさか緊張してる?」
「緊張なんてするわけないじゃないですか」
いやまあそうだよな、と夏休みにあったコンクールのことが蘇る。
毎年夏にある全国吹奏楽コンクールの県大会。
うちの部は部員が少ないので、一年の高森も一緒に出場した。
高森は本番前であっても、羨ましいくらいに落ち着いていた。
俺の方が高森に「頑張りましょ!」と励ましてもらったくらいだ。
結果は何の賞にも引っかからなかったけど、高森と演奏できたのは楽しかった。
「ならいいけど、せっかく文化祭だし楽しくやろう。な?」
正直俺の方が緊張していたのだけど、気まずい空気が嫌でそう言うと、高森はしゅんとした表情した。
「ごめんなさい」
なぜ謝るんだろうと思いつつ、高森の背中を叩いて、ステージに向かう。
部員たちが席に座ると、顧問の鈴木先生が一番最後に登場し、一礼する。
途端に体育館のあちこちから拍手と共に、くすくす笑う声が聞こえた。
鈴木先生の頭には女子部員たちによってつけれたどでかいリボンがある。
ちなみに鈴木先生は三十代のまあまあ体格がいい短髪の男性教師である。
もしかしたら俺も先輩たちにああされていたかもしれない。
高森が止めてくれてよかった。
先生が指揮棒を掲げ、アイドルソングメドレーが始まる。しょっぱなからアップテンポな曲に俺は集中して楽譜を追う。
どのアイドルソングも恋愛をテーマとした楽しげで幸せな曲ばかりだ。
現実の恋もこうだったらいいのにな、なんて思ってしまう。
客席ではペンライトを振っている生徒もちらほらいて、さながらアイドルのライブみたいだった。
ちらっと隣の高森を見ると、まっすぐ前を見ていて、その表情はなぜかいつもより一生懸命に見えた。
演奏が終了し、体育館が拍手に包まれる。
ステージ袖にはけると、高森が珍しく疲れたように大きく息を吐いた。
「失敗しなくてよかった」
「なんだ。やっぱ緊張してたのか?」
「違います。色々余計なこと考えてミスしそうになったんで。演奏くらいはちゃんとしなきゃって焦りました」
高森でもそんなことがあるのか。
驚いたけれど、本当に疲れてそうだったので「お疲れ」と肩を叩いた。
高森は微妙な顔で何かぶつぶつ言っていたが、聞き返しても答えてはくれない。
やっぱり変だ、と思ったけど、ここ最近の高森は変だしな、と切り替える。
とにかく終わったので、俺たちは音楽室に戻った。
高森は相変わらず無口だった。
快晴の空の下、文化祭が始まり、校内はいつもより賑やかになる。
廊下はクラスごとに色が違うTシャツを着た生徒たちで溢れ、カラフルに染まっていた。
俺が着ているクラスTシャツは今日の気分と同じブルー。
もやついて、何となく気分が乗らないまま、人を避けながら廊下を歩く。
吹奏楽部のステージ演奏は午前中にある。
これから音楽室で練習をして、すぐに出番だ。
音楽室に行くと、部員のほとんどが来ていた。
みんな楽器の音出しをしながら普段以上に騒いでいる。
俺は入口から中を覗いた。
部活の合奏の時と同じく、黒板の方を向いて、ずらりと椅子が並べられている。それぞれのパートごとに座る場所が決まっており、俺と高森は一番前の左側。
高森はもうすでに自分の席にいた。
俺は何となく気まずくて、廊下側の入口から音楽準備室に入り、楽器を取りいった。
準備室には誰もいない。
棚から楽器ケースと、楽譜の入った分厚いファイルを手に取る。
すると、ひらりとメモが一枚落ちてきた。
拾い上げて見てみると、手書きのメモだった。
『先輩へ 今日、俺と一緒にいてくれませんか?』
差出人の名前はないけど、高森の字だ。
「なんで」
「びっくりしました?」
答えがすぐ後ろから返ってきて、ぎょっとする。
「こんなことせずに口で言えばいいだろ」
驚きすぎて怒りつつ振り向くと、高森は悪戯っぽく笑っていた。
高森のクラスTシャツはオレンジだった。
高森っぽい色だな、とまったく関係ないことを思う。
気付けば高森に距離を詰められていた。
「ちょっと変わったことした方がオッケーしてもらえるかなって。いいですか?」
俺は微妙に後ずさりする。
「俺がもし他の誰かと約束してたらどうするんだよ」
「約束してるんですか?」
「まあしてるといえばしてるけど」
西脇はわりとクラスの誰とでも話す方で他にも友達はいる。俺がいなくても平気だろう。
「……たぶん行ける」
「もしかして、誘われるの待ってたりしましたか?」
「は!?」
顔を覗き込まれそうになって、高森の胸を押し返した。
「待ってない! 昼までなら付き合ってやるよ。そっからはクラスの店番やんなきゃいけないから!」
高森を置いて準備室を出る。
(なんで俺はいきなり誘われたくらいで動揺してるんだよ)
俯きながら、自分の席に向かう。
そのせいで、ちょうど準備室を出たところにいた先輩たちにぶつかった。
俺は咄嗟に顔を上げて謝った。
「危ないじゃん」と言いながら、先輩の一人が俺の顔を覗き込んできた。
さっきの高森とのやり取りが蘇って、じわっと顔が熱くなる。
「宮野ってば何顔赤くしてんの」
「私たちがいつもよりかわいいから緊張してんじゃない?」
先輩たちがお互いのツインテールを引っ張り合って、大声で笑う。
今日、吹奏楽部はステージで最近流行ってるアイドルソングのメドレーを演奏する。
だから先輩たちはアイドルっぽくリボンをつけてばっちりメイクをしているんだろう。
かわいいけど、そのせいで顔を赤くしてるわけじゃない。
高森に不意打ちで誘われたから。
ていうか、これくらいのことでなんで俺が顔を赤くしなきゃいけないのか。
俺は誘われたかったわけじゃない。嬉しかったわけでもない。
早く顔の赤みが引いてくれるよう祈っていると、先輩が言った。
「宮野も今日くらい見た目変えたら?」
「メイクしてあげよっか?」
「ここ座りな。ついでに髪もやってあげる」
「いや、あの、いいです!」
先輩たちに俺の声は届かず、側にあった椅子座らされ、がしっと肩を押さえられる。
先輩の一人がポーチを持ってきて、メイク用品を取り出した。
俺は拒否できぬまま、先輩に塗ったこともない謎のクリームが肌に乗せられそうになる。
「先輩」
寸前で低い声が聞こえ、びくりとしながら、声のした上の方を見上げる。
高森が明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、こちらを見下ろしていた。
「あ、高森くんもメイクする? てかしたい!」
「ここ座って!」
先輩たちが声を高くする。
高森は一言「いいです」ときっぱり言って、俺の肩に手を置いた。
「宮野先輩に教えてもらいたいことがあるので、先輩方は向こうに行ってもらえますか」
高森の静かな圧を感じたのか、先輩たちは「ごめんね邪魔してー」とあっさり引き下がっていた。
俺はそのまま高森に引っ張られ、自分の席に連れていかれる。
高森は変わった。
前は先輩たちに対して強く出られなかったのに、今日ははっきり言えている。
それよりも俺が気になったのは高森が俺の肩に触れたことだった。
先輩は自分のものだから触れるなとでもいうような態度だった。
いや、俺の勘違いかもしれないけど。
「何? 教えてほしいことって」
気を取り直して聞けば、高森は顔をそらす。
「ないです別に」
それから高森はぼそっと続けた。
「俺が止めなかったら宮野先輩はあの人たちにメイクさせてたんですか」
「え?」
「ごめんなさい。されたかったら勝手にされてください。俺は見ないようにしますから」
「高森、お前なんか今日変じゃない?」
「自分でもわかってます。でもどうしようもないので放っておいてください」
何だかぎくしゃくしたまま、練習がスタートし、あっという間にステージ演奏の時間が近づく。
体育館に移動する時も、高森は俺の隣にいたけど、全然喋らなかった。
出番直前。
ステージの袖で俺はこそっと高森に聞いた。
「なあ高森。まさか緊張してる?」
「緊張なんてするわけないじゃないですか」
いやまあそうだよな、と夏休みにあったコンクールのことが蘇る。
毎年夏にある全国吹奏楽コンクールの県大会。
うちの部は部員が少ないので、一年の高森も一緒に出場した。
高森は本番前であっても、羨ましいくらいに落ち着いていた。
俺の方が高森に「頑張りましょ!」と励ましてもらったくらいだ。
結果は何の賞にも引っかからなかったけど、高森と演奏できたのは楽しかった。
「ならいいけど、せっかく文化祭だし楽しくやろう。な?」
正直俺の方が緊張していたのだけど、気まずい空気が嫌でそう言うと、高森はしゅんとした表情した。
「ごめんなさい」
なぜ謝るんだろうと思いつつ、高森の背中を叩いて、ステージに向かう。
部員たちが席に座ると、顧問の鈴木先生が一番最後に登場し、一礼する。
途端に体育館のあちこちから拍手と共に、くすくす笑う声が聞こえた。
鈴木先生の頭には女子部員たちによってつけれたどでかいリボンがある。
ちなみに鈴木先生は三十代のまあまあ体格がいい短髪の男性教師である。
もしかしたら俺も先輩たちにああされていたかもしれない。
高森が止めてくれてよかった。
先生が指揮棒を掲げ、アイドルソングメドレーが始まる。しょっぱなからアップテンポな曲に俺は集中して楽譜を追う。
どのアイドルソングも恋愛をテーマとした楽しげで幸せな曲ばかりだ。
現実の恋もこうだったらいいのにな、なんて思ってしまう。
客席ではペンライトを振っている生徒もちらほらいて、さながらアイドルのライブみたいだった。
ちらっと隣の高森を見ると、まっすぐ前を見ていて、その表情はなぜかいつもより一生懸命に見えた。
演奏が終了し、体育館が拍手に包まれる。
ステージ袖にはけると、高森が珍しく疲れたように大きく息を吐いた。
「失敗しなくてよかった」
「なんだ。やっぱ緊張してたのか?」
「違います。色々余計なこと考えてミスしそうになったんで。演奏くらいはちゃんとしなきゃって焦りました」
高森でもそんなことがあるのか。
驚いたけれど、本当に疲れてそうだったので「お疲れ」と肩を叩いた。
高森は微妙な顔で何かぶつぶつ言っていたが、聞き返しても答えてはくれない。
やっぱり変だ、と思ったけど、ここ最近の高森は変だしな、と切り替える。
とにかく終わったので、俺たちは音楽室に戻った。
高森は相変わらず無口だった。

