石畳の上を歩くその足取りは、道に迷いながら目的地を目指すかのように不規則な足音で、同じ場所を何度も行き来している。
赤のラインが特徴的な袖から覗かせる鍛えられた手で握りしめている小さなメモを見ながら、お店の看板を探しているようだ。
数分探し回ったうえでようやく目的のお店を見つけ、勢いよく扉を開ける。
「突然申し訳ない。ここがマイスター:アストレアの工房で間違いないだろうか。杖を仕立ててもらいたく伺ったのだが」
男性の声は人を安心させるには丁度良い低さで、それでいてどこか焦りを感じる声色だったこともあり、店主であるアストレアは急な訪問者にひどく驚いた表情をした。
「はい。アストレア工房へようこそ。杖の仕立てですね。ご依頼いただきありがとうございます。見たところキダ王国の魔法剣士さんのようですが、当工房のご利用は初めてでしょうか?」
アストレア工房の扉の向かい側に座っている店主アストレアは驚きながらも杖の仕立てを依頼しにきたお客に対して、丁寧な対応を行った。
烏羽色のローブに身を包み、フードを深く被ったアストレアの声は、男性にしては高く、女性にしては低い声で、淡々と話しを進める。
「立ち話もなんですから、こちらにお座りください」
そういうと店主と机を挟んでおいてある椅子がひとりでに引かれた。
(魔法か?確かにモノを動かす程度の魔法で詠唱破棄は珍しいことじゃないが、いま杖を持っていたか?杖が無ければどんな魔法使いも魔法を使うことはできないはずだろ……ま、机の下に杖があるんだろうな。俺からじゃ見えないだけだろ)
そんなこと考えながら、男は招かれるがまま椅子に座る。
「自己紹介がまだだったな。俺は王家直属護衛軍 第一中隊で少佐をしている――サン・クラトスという者だ。実は今日の訓練中に、長年愛用していた杖が壊れてしまって、これを機に新しいものに変えようと思ったところ、部下からこの工房を紹介してもらったので、寄らせてもらった次第だ。早速杖を見せてもらいたいのだが、この工房には杖は置いていないのかい?ほかの工房を見たことがあるのだが、サンプル用として何本か置いてあるのを見たことがあるぞ?」
そういいながら、クラトスは指揮棒型の折れた杖を机の上に置いた。
クラトスの言う通り、長年愛用していたのが一目でわかるほど使い込まれた杖であった。ここ最近の指揮棒型の杖は耐久性を鑑みて金属を加工したもので作られることが増えてきている。
それにもかかわらずクラトスの杖は木製。
かなり劣化が進んでいることがわかるが、毎日手入れを欠かさず行っていることもわかる。
「ご丁寧にありがとうございます。私は当工房の店主をしております――レイン・アストレアと言います。どうぞよろしくお願いいたします。この工房では一人ひとりにあった杖を作ることを心がけています。サンプルの杖が置いてあると、そっちに意識を持っていかれて本来の力を発揮する杖ではないものができてしまう可能性もあるので、サンプルとかは置いておりません。ところで、杖は買い替えでよろしいのですか?長年愛用されていたとのことなので修復でも良いと思うのですがいかがでしょうか?」
思わず質問を投げかけるアストレア。
フードで良く見えないが、その表情はどこか憂いを帯びている。
それは長年使っていた杖を修復するのではなく、買い替える決断を下したクラトスに対する感情の表れなのかもしれない。
「実はかなり前にすでに壊れているんだ。だましだまし修復して使ってきていたが、こいつもそろそろ休ませてやりたいなと思ってな。今日の訓練中に壊れたって言っただろ?壊れた個所は前回修復してもらった箇所なんだ。だからこいつも限界なのかなって。だから修復じゃなくて、買い替えなんだよ。一応部下からは、杖を新調するのに時間はかかるってことは聞いてるんだが、大体どのくらいでできるもんなんだ?恥ずかしい話、杖はずっとこいつを使っててな。作るのにどのくらいの時間がかかるか分からないんだ」
クラトスは少し恥ずかしがりながら話している。
その声色は低い声にもかかわらず優しく、まるで大切な何かを見守るような声と表情であった。
それをみてか、アストレアの表情も穏やかになった気がする。
「分かりました。早速ですが、杖を作る準備を始めていきたいと思います。その前に杖を作るのにどのくらいかかるのかについてですが、一概にこのくらいといったような基準となるような時間はありません。どんな魔法を扱うか、魔法剣士の場合はどんな戦い方をするかによって素材を選ばなくてはなりません。あとはデザインですね。クラトスさんは指揮棒型の杖を今までは使っていたようですが、本来使う魔法によって杖のデザインを変えることも重要です」
「無知をさらすようで申し訳ない。杖は魔法を使えるようにするためのモノ。という認識だったのだが、使う魔法によって素材やデザインが変わるというのは、どういうことなのだろうか?」
クラトスはアストレアの話に興味があるのか、机に身を任せ、前のめりで話を聞いている。
中隊長ではあるが、軍に仕える魔法戦士であるクラトスは魔法の知識に目がないようだ。
「何も恥じることはありません。魔法七賢人ですら、同じ認識の方はいらっしゃいます。それぞれの分野があるのですから、知識に偏りがあって当然です。私はマイスターなので、杖やそれに関係する素材や魔法、使い方などに長けていると思っています。逆に、魔導士のように新しい魔法を作り出すことはできないですし、魔法剣士のように戦闘魔法や回復魔法に長けているわけではありません。それでも自身の知識のため、無知であることを相手に伝えながらも学ぶ姿勢のあるクラトスさんはかっこいいと思いますよ」
アストレアは淡々とクラトスに告げる。
クラスとは最後のかっこいいという言葉に少し機嫌を良くしたようで、若干のにや付きを隠せないでいた。
「話を戻しますね。クラトスさんの得意とする魔法と基本的な戦闘スタイルを教えていただけますか?」
アストレアのその問いかけに、にや付きの表情から一変。鋭い眼光へと変わった。
「申し訳ないが、おいそれと簡単に個人の魔法情報は教えることはできない。これでも軍所属の魔法戦士なんでね」
「それについてはご安心ください。一切口外することはありません。もしご不安なようであれば、口外しない旨の誓約書にサインさせていただいてもかまいませんし、協会などで誓約魔法をかけていただいてもかまいません。お伝えした通り、得意魔法や魔法の使い方によって杖のデザインや素材を変える必要があります。杖を仕立てる上でどうしても必要な情報であることをご理解ください」
アストレアは真剣なまなざしで言った。
真っすぐなその視線は嘘偽りのない、本心からのものだと思える……。
「……わかった。信じよう。俺の得意な魔法は炎系。中級魔法程度であれば詠唱破棄も可能だ。風魔法も使うことはあるが、火力を上げるために補助として使うのがほとんどで、風魔法単体で使うことはほどんどない。戦闘スタイルはそうだな。強いて言えば魔物の場合、一か所に集めて範囲魔法で焼き尽くすことが多いかもな。数が少ない場合は初級・中級魔法の連撃で倒すこともある。こんな感じでいいのか?」
信じたのはクラトス自身だが、いざ自分の魔法情報を人に話すとなると、どこまで話してよいかわからず、最後には確認で終わってしまった。
机の上にあったペンがひとりでに動き、クラトスとの会話の内容をメモしている。
こう見るとやはり最初の椅子を引いたのもアストレアの魔法に違いない。
だが、これだけの至近距離でもアストレアの杖を確認することはできなかった。
「十分な情報です。ありがとうございます。内容をお伺いしたうえで質問です。上級もしくは特級魔法を使うことはありますか?もし使うことがあれば、どれほどの火力のものでしょうか?」
アストレアは腕を組み、そのまま右手だけ口元に持っていった。
人間が考え事をするときにとるポーズそのものである。
烏羽色のローブで隠れていた肌が露見し、その白さと細さに目を奪われながらも、クラトスは質問に回答する。
「特級はほとんど使うことはないが、上級は頻度で言えば多いかもしれない。最近は魔物の数も増えてきていてな。火力の表現は難しいが、上級の反映魔法であれば骨も残さないほど業火で焼くことがあるな。初級・中級魔法の場合は全身火傷って感じだ。これは連撃がメインだから範囲魔法ではなく、火球や火弓のようなスピード重視で使うことが多いな」
「なるほど。基本的には遠距離戦をメインとした立ち回りをされるということですね。火球や火弓などの射出魔法は一度に一発ずつですか?それとも複数同時に射出されますか?」
「連撃だからな。複数の魔法陣を魔物の周りに展開して、一斉射出って感じだ」
徐々に会話にも慣れてきたのか、クラトスのアストレアに対する受け答えもスムーズなものになっていた。
杖を仕立てたいというアストレアの思いがクラトスにも通じ始めたのかもしれない。
「一斉射出ですか。かしこまりました。次で最後の質問です。一斉射出時の魔法陣は同時に何個展開して、その展開時間はどの程度かかりますか?」
「かなり踏み込んだことまで聞くんだな。魔法陣の数は敵の多さや大きさによって異なるが大体二、三十個ほどを展開している。うち二つは必ず自身のそばで展開して、いざとなったときの防御壁用の魔法陣としても使用しているよ。展開時間は詠唱破棄で考えると大体一秒くらいだろうか。展開時間を計ったことはないから正確な時間まではわからないが、体感ではそのくらいだ」
それを聞いたアストレアはかなり驚いた表情をしていた。
先ほどまでの考えるポーズから一変。目を見開き、口を開け、間抜けずらを絵に描いたような表情であった。
クラトスは何かまずいことを言ってしまったのかと一瞬動揺したが、その心配は杞憂に終わる。
「……その数の魔法陣を一秒で展開できるんですか?そのレベルで中佐ですか?」
アストレアにその発言に対し、クラトスは馬鹿にされているような気がして咄嗟にその場に立ち上がった。こぶしを握り締め怒る感情を無理やり抑え込もうとしている。
「あ、すみません。今のは私の伝え方が悪かったです。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。あれでしたらそのこぶしで殴っていただいてもかまいません。私がお伝えをしたかったのは、レベルが高すぎるという意味です。三十もの魔法陣を一秒程度で展開するのはかなりの技術と訓練や鍛錬が必要です。そんな高レベルのことをやってのけているのに驕ることなくお話されているところを見て、咄嗟に先ほどのような発言をしてしまいました。申し訳ございません。私の体感では、クラトスさんはかなりの高レベルだと思いました。中佐ではなく、中将や大将クラスだと思ったので、そのギャップに取り乱してしまいました。」
それを聞いてクラトスは立ち上がった際に倒れてしまった椅子を起こし、席に着く。
握りしめていたこぶしはいつの間にかほどけていて、その赤のラインが特徴的な袖から見える鍛えられたその手はどこか落ち着かない。
「俺の早とちりで感情に身を任せた行動を取ってしまった。ここに謝罪する」
クラトスは自身の粗相を恥じるようにアストレアに頭を下げた。
謝罪中も、その手は落ち着かない。
クラトスは他人から褒められることが久しぶりで小恥ずかしい感情からのようだ。
「悪いのは私です。クラトスさんは謝らないでください。改めて謝罪いたします。申し訳ございません。もし私の不適切な発言を許してくださるのであれば、このままクラトスさんの杖についてお話させていただけますでしょうか?」
「いや俺の早とちりが原因だ。このまま杖の仕立てをお願いできるか?」
「ありがとうございます。まずクラトスさんの杖ですが、指揮棒型ではなく箒型が良いと思います。杖のサイズに好みがなければ、箒型で進めたいのですがいかがでしょうか?」
杖のサイズを聞かれ、そもそも杖のサイズが魔法にどのような影響を及ぼすかがわからず、答えられないでいた。
ずっと指揮棒型の杖を使ってきたクラトスにとって、箒型の杖を使うのは最初は違和感があるだろう。それでもわざわざ使い慣れた指揮棒型ではなく、箒型をすすめてきたのには理由があるに違いない。
どんな理由があるのかをアストレアに問おうとしたとき、それを悟ったのか先に口を開いたのはアストレアの方だった。
「魔法使いにはそれぞれ得意魔法、不得意魔法があるように、杖にもそれぞれ得意不得意があるんです。一番わかりやすい例で言えば魔法陣を杖や自身の周りに展開して使用する局所魔法の場合は指揮棒型。逆に魔法陣を広く展開して使用する範囲魔法であれば箒型が得意となります。あとはスピードと威力ですね。指揮棒型は魔法発動速度が速い分、威力は抑え気味。箒型は速度は指揮棒《タクト》型には勝てないものの威力の面で言えば箒型の方が優れています。ただこれは今までの経験や魔法に対する知識。そして使用者の魔力量に左右される部分になるので一概には言えません。基準だと思っていただければ幸いです。今回今まで使用されていた指揮棒型ではなく、箒型をおすすめしているのはクラトスさんの魔法の使い方と魔力量から判断しました。そして一番の決め手は今までクラトスさんが使用されていたこの杖です。見たところ何度も同じ個所が摩耗して壊れる原因になったことが分かります。これは使用者の魔力使用量が杖の魔力耐久量を上回ったときに見られる現象です。長年愛用されていたとのことですので、自身の魔力量に杖が耐えられなかったのでしょう。あとは素材ですね。この杖は耐火樹で作られているようですが、それでも木であることには変わりはありません。耐性はあくまで耐性なので完全ではないのです。ご存じの通り、杖は消耗品です。それでも魔法使いにとってはなくてはならないものです。長く使っていただくためにも、より多くの魔力に耐えることができ、クラトスさんの炎系の魔法への耐性を高くするためには、箒型で好ましいと思い、勧めさせていただきました。いかがでしょうか?」
杖に対する知識とその情熱に圧倒されたクラトスはただただ頷くことしかできないでいた。
まさか杖のサイズで魔法のスピードや威力が変わるなど思ってもみなかったというような感情を抱えながら、今度はクラトスが先ほどまでアストレアがしていた悩みのポーズを取っている。
少しの沈黙の後、決意が固まったクラトスは「あなたのおすすめの杖をお願いしたい」と一言。
「ありがとうございます。早速素材を狩りに行きましょうか! 目指すは、火竜の角です!」
「え?」
赤のラインが特徴的な袖から覗かせる鍛えられた手で握りしめている小さなメモを見ながら、お店の看板を探しているようだ。
数分探し回ったうえでようやく目的のお店を見つけ、勢いよく扉を開ける。
「突然申し訳ない。ここがマイスター:アストレアの工房で間違いないだろうか。杖を仕立ててもらいたく伺ったのだが」
男性の声は人を安心させるには丁度良い低さで、それでいてどこか焦りを感じる声色だったこともあり、店主であるアストレアは急な訪問者にひどく驚いた表情をした。
「はい。アストレア工房へようこそ。杖の仕立てですね。ご依頼いただきありがとうございます。見たところキダ王国の魔法剣士さんのようですが、当工房のご利用は初めてでしょうか?」
アストレア工房の扉の向かい側に座っている店主アストレアは驚きながらも杖の仕立てを依頼しにきたお客に対して、丁寧な対応を行った。
烏羽色のローブに身を包み、フードを深く被ったアストレアの声は、男性にしては高く、女性にしては低い声で、淡々と話しを進める。
「立ち話もなんですから、こちらにお座りください」
そういうと店主と机を挟んでおいてある椅子がひとりでに引かれた。
(魔法か?確かにモノを動かす程度の魔法で詠唱破棄は珍しいことじゃないが、いま杖を持っていたか?杖が無ければどんな魔法使いも魔法を使うことはできないはずだろ……ま、机の下に杖があるんだろうな。俺からじゃ見えないだけだろ)
そんなこと考えながら、男は招かれるがまま椅子に座る。
「自己紹介がまだだったな。俺は王家直属護衛軍 第一中隊で少佐をしている――サン・クラトスという者だ。実は今日の訓練中に、長年愛用していた杖が壊れてしまって、これを機に新しいものに変えようと思ったところ、部下からこの工房を紹介してもらったので、寄らせてもらった次第だ。早速杖を見せてもらいたいのだが、この工房には杖は置いていないのかい?ほかの工房を見たことがあるのだが、サンプル用として何本か置いてあるのを見たことがあるぞ?」
そういいながら、クラトスは指揮棒型の折れた杖を机の上に置いた。
クラトスの言う通り、長年愛用していたのが一目でわかるほど使い込まれた杖であった。ここ最近の指揮棒型の杖は耐久性を鑑みて金属を加工したもので作られることが増えてきている。
それにもかかわらずクラトスの杖は木製。
かなり劣化が進んでいることがわかるが、毎日手入れを欠かさず行っていることもわかる。
「ご丁寧にありがとうございます。私は当工房の店主をしております――レイン・アストレアと言います。どうぞよろしくお願いいたします。この工房では一人ひとりにあった杖を作ることを心がけています。サンプルの杖が置いてあると、そっちに意識を持っていかれて本来の力を発揮する杖ではないものができてしまう可能性もあるので、サンプルとかは置いておりません。ところで、杖は買い替えでよろしいのですか?長年愛用されていたとのことなので修復でも良いと思うのですがいかがでしょうか?」
思わず質問を投げかけるアストレア。
フードで良く見えないが、その表情はどこか憂いを帯びている。
それは長年使っていた杖を修復するのではなく、買い替える決断を下したクラトスに対する感情の表れなのかもしれない。
「実はかなり前にすでに壊れているんだ。だましだまし修復して使ってきていたが、こいつもそろそろ休ませてやりたいなと思ってな。今日の訓練中に壊れたって言っただろ?壊れた個所は前回修復してもらった箇所なんだ。だからこいつも限界なのかなって。だから修復じゃなくて、買い替えなんだよ。一応部下からは、杖を新調するのに時間はかかるってことは聞いてるんだが、大体どのくらいでできるもんなんだ?恥ずかしい話、杖はずっとこいつを使っててな。作るのにどのくらいの時間がかかるか分からないんだ」
クラトスは少し恥ずかしがりながら話している。
その声色は低い声にもかかわらず優しく、まるで大切な何かを見守るような声と表情であった。
それをみてか、アストレアの表情も穏やかになった気がする。
「分かりました。早速ですが、杖を作る準備を始めていきたいと思います。その前に杖を作るのにどのくらいかかるのかについてですが、一概にこのくらいといったような基準となるような時間はありません。どんな魔法を扱うか、魔法剣士の場合はどんな戦い方をするかによって素材を選ばなくてはなりません。あとはデザインですね。クラトスさんは指揮棒型の杖を今までは使っていたようですが、本来使う魔法によって杖のデザインを変えることも重要です」
「無知をさらすようで申し訳ない。杖は魔法を使えるようにするためのモノ。という認識だったのだが、使う魔法によって素材やデザインが変わるというのは、どういうことなのだろうか?」
クラトスはアストレアの話に興味があるのか、机に身を任せ、前のめりで話を聞いている。
中隊長ではあるが、軍に仕える魔法戦士であるクラトスは魔法の知識に目がないようだ。
「何も恥じることはありません。魔法七賢人ですら、同じ認識の方はいらっしゃいます。それぞれの分野があるのですから、知識に偏りがあって当然です。私はマイスターなので、杖やそれに関係する素材や魔法、使い方などに長けていると思っています。逆に、魔導士のように新しい魔法を作り出すことはできないですし、魔法剣士のように戦闘魔法や回復魔法に長けているわけではありません。それでも自身の知識のため、無知であることを相手に伝えながらも学ぶ姿勢のあるクラトスさんはかっこいいと思いますよ」
アストレアは淡々とクラトスに告げる。
クラスとは最後のかっこいいという言葉に少し機嫌を良くしたようで、若干のにや付きを隠せないでいた。
「話を戻しますね。クラトスさんの得意とする魔法と基本的な戦闘スタイルを教えていただけますか?」
アストレアのその問いかけに、にや付きの表情から一変。鋭い眼光へと変わった。
「申し訳ないが、おいそれと簡単に個人の魔法情報は教えることはできない。これでも軍所属の魔法戦士なんでね」
「それについてはご安心ください。一切口外することはありません。もしご不安なようであれば、口外しない旨の誓約書にサインさせていただいてもかまいませんし、協会などで誓約魔法をかけていただいてもかまいません。お伝えした通り、得意魔法や魔法の使い方によって杖のデザインや素材を変える必要があります。杖を仕立てる上でどうしても必要な情報であることをご理解ください」
アストレアは真剣なまなざしで言った。
真っすぐなその視線は嘘偽りのない、本心からのものだと思える……。
「……わかった。信じよう。俺の得意な魔法は炎系。中級魔法程度であれば詠唱破棄も可能だ。風魔法も使うことはあるが、火力を上げるために補助として使うのがほとんどで、風魔法単体で使うことはほどんどない。戦闘スタイルはそうだな。強いて言えば魔物の場合、一か所に集めて範囲魔法で焼き尽くすことが多いかもな。数が少ない場合は初級・中級魔法の連撃で倒すこともある。こんな感じでいいのか?」
信じたのはクラトス自身だが、いざ自分の魔法情報を人に話すとなると、どこまで話してよいかわからず、最後には確認で終わってしまった。
机の上にあったペンがひとりでに動き、クラトスとの会話の内容をメモしている。
こう見るとやはり最初の椅子を引いたのもアストレアの魔法に違いない。
だが、これだけの至近距離でもアストレアの杖を確認することはできなかった。
「十分な情報です。ありがとうございます。内容をお伺いしたうえで質問です。上級もしくは特級魔法を使うことはありますか?もし使うことがあれば、どれほどの火力のものでしょうか?」
アストレアは腕を組み、そのまま右手だけ口元に持っていった。
人間が考え事をするときにとるポーズそのものである。
烏羽色のローブで隠れていた肌が露見し、その白さと細さに目を奪われながらも、クラトスは質問に回答する。
「特級はほとんど使うことはないが、上級は頻度で言えば多いかもしれない。最近は魔物の数も増えてきていてな。火力の表現は難しいが、上級の反映魔法であれば骨も残さないほど業火で焼くことがあるな。初級・中級魔法の場合は全身火傷って感じだ。これは連撃がメインだから範囲魔法ではなく、火球や火弓のようなスピード重視で使うことが多いな」
「なるほど。基本的には遠距離戦をメインとした立ち回りをされるということですね。火球や火弓などの射出魔法は一度に一発ずつですか?それとも複数同時に射出されますか?」
「連撃だからな。複数の魔法陣を魔物の周りに展開して、一斉射出って感じだ」
徐々に会話にも慣れてきたのか、クラトスのアストレアに対する受け答えもスムーズなものになっていた。
杖を仕立てたいというアストレアの思いがクラトスにも通じ始めたのかもしれない。
「一斉射出ですか。かしこまりました。次で最後の質問です。一斉射出時の魔法陣は同時に何個展開して、その展開時間はどの程度かかりますか?」
「かなり踏み込んだことまで聞くんだな。魔法陣の数は敵の多さや大きさによって異なるが大体二、三十個ほどを展開している。うち二つは必ず自身のそばで展開して、いざとなったときの防御壁用の魔法陣としても使用しているよ。展開時間は詠唱破棄で考えると大体一秒くらいだろうか。展開時間を計ったことはないから正確な時間まではわからないが、体感ではそのくらいだ」
それを聞いたアストレアはかなり驚いた表情をしていた。
先ほどまでの考えるポーズから一変。目を見開き、口を開け、間抜けずらを絵に描いたような表情であった。
クラトスは何かまずいことを言ってしまったのかと一瞬動揺したが、その心配は杞憂に終わる。
「……その数の魔法陣を一秒で展開できるんですか?そのレベルで中佐ですか?」
アストレアにその発言に対し、クラトスは馬鹿にされているような気がして咄嗟にその場に立ち上がった。こぶしを握り締め怒る感情を無理やり抑え込もうとしている。
「あ、すみません。今のは私の伝え方が悪かったです。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。あれでしたらそのこぶしで殴っていただいてもかまいません。私がお伝えをしたかったのは、レベルが高すぎるという意味です。三十もの魔法陣を一秒程度で展開するのはかなりの技術と訓練や鍛錬が必要です。そんな高レベルのことをやってのけているのに驕ることなくお話されているところを見て、咄嗟に先ほどのような発言をしてしまいました。申し訳ございません。私の体感では、クラトスさんはかなりの高レベルだと思いました。中佐ではなく、中将や大将クラスだと思ったので、そのギャップに取り乱してしまいました。」
それを聞いてクラトスは立ち上がった際に倒れてしまった椅子を起こし、席に着く。
握りしめていたこぶしはいつの間にかほどけていて、その赤のラインが特徴的な袖から見える鍛えられたその手はどこか落ち着かない。
「俺の早とちりで感情に身を任せた行動を取ってしまった。ここに謝罪する」
クラトスは自身の粗相を恥じるようにアストレアに頭を下げた。
謝罪中も、その手は落ち着かない。
クラトスは他人から褒められることが久しぶりで小恥ずかしい感情からのようだ。
「悪いのは私です。クラトスさんは謝らないでください。改めて謝罪いたします。申し訳ございません。もし私の不適切な発言を許してくださるのであれば、このままクラトスさんの杖についてお話させていただけますでしょうか?」
「いや俺の早とちりが原因だ。このまま杖の仕立てをお願いできるか?」
「ありがとうございます。まずクラトスさんの杖ですが、指揮棒型ではなく箒型が良いと思います。杖のサイズに好みがなければ、箒型で進めたいのですがいかがでしょうか?」
杖のサイズを聞かれ、そもそも杖のサイズが魔法にどのような影響を及ぼすかがわからず、答えられないでいた。
ずっと指揮棒型の杖を使ってきたクラトスにとって、箒型の杖を使うのは最初は違和感があるだろう。それでもわざわざ使い慣れた指揮棒型ではなく、箒型をすすめてきたのには理由があるに違いない。
どんな理由があるのかをアストレアに問おうとしたとき、それを悟ったのか先に口を開いたのはアストレアの方だった。
「魔法使いにはそれぞれ得意魔法、不得意魔法があるように、杖にもそれぞれ得意不得意があるんです。一番わかりやすい例で言えば魔法陣を杖や自身の周りに展開して使用する局所魔法の場合は指揮棒型。逆に魔法陣を広く展開して使用する範囲魔法であれば箒型が得意となります。あとはスピードと威力ですね。指揮棒型は魔法発動速度が速い分、威力は抑え気味。箒型は速度は指揮棒《タクト》型には勝てないものの威力の面で言えば箒型の方が優れています。ただこれは今までの経験や魔法に対する知識。そして使用者の魔力量に左右される部分になるので一概には言えません。基準だと思っていただければ幸いです。今回今まで使用されていた指揮棒型ではなく、箒型をおすすめしているのはクラトスさんの魔法の使い方と魔力量から判断しました。そして一番の決め手は今までクラトスさんが使用されていたこの杖です。見たところ何度も同じ個所が摩耗して壊れる原因になったことが分かります。これは使用者の魔力使用量が杖の魔力耐久量を上回ったときに見られる現象です。長年愛用されていたとのことですので、自身の魔力量に杖が耐えられなかったのでしょう。あとは素材ですね。この杖は耐火樹で作られているようですが、それでも木であることには変わりはありません。耐性はあくまで耐性なので完全ではないのです。ご存じの通り、杖は消耗品です。それでも魔法使いにとってはなくてはならないものです。長く使っていただくためにも、より多くの魔力に耐えることができ、クラトスさんの炎系の魔法への耐性を高くするためには、箒型で好ましいと思い、勧めさせていただきました。いかがでしょうか?」
杖に対する知識とその情熱に圧倒されたクラトスはただただ頷くことしかできないでいた。
まさか杖のサイズで魔法のスピードや威力が変わるなど思ってもみなかったというような感情を抱えながら、今度はクラトスが先ほどまでアストレアがしていた悩みのポーズを取っている。
少しの沈黙の後、決意が固まったクラトスは「あなたのおすすめの杖をお願いしたい」と一言。
「ありがとうございます。早速素材を狩りに行きましょうか! 目指すは、火竜の角です!」
「え?」



