ずーっと一緒に居たいの『好き』。



 習い始めて三日。期末テストが近づいてきたので、伊織くんと僕はその期間はお休みになった。僕はすっかり生け花に魅了されていて、家でも教科書ではなく生け花の本ばっかり読んでいる。

「佳生、行くよ?」

 伊織くんの声で我に返った。一緒に勉強をしようと誘われたのである。
 人気者グループのみんなと勉強するのだろうと思っていたのに、伊織くんは毎日僕を連れて図書室に行く。なんでも成績が悪かったら、よくなるまで生け花の教室は休まなければならないらしい。

「うん」

 勉強ができる伊織くんが、僕に丁寧に教えてくれる。二人で数学の練習問題を解きながら、僕は眉をハの字にした。分からない……。僕は数学が苦手だ。困ってしまってチラリと伊織くんを見ると、驚いたことに頬杖をついた伊織くんもまた僕を見ていた。

「顔に出やすいよね、可愛い」
「っ、わ、分からなくて」
「素直」
「……教えてくれる?」
「いいよ」

 にこりと笑った伊織くんに、僕はノートを見せた。そして躓いたところを教えてもらい、無事答えにたどりつくことができたのだった。


 ――こうして期末テストが訪れた。
 僕はなんとか赤点を回避したのだけれど、伊織くんのおかげだと確信している。
 ほぉっと息をつきながら、放課後僕は伊織くんを見た。伊織くんはみんなに囲まれている。テストで分からなかったところを聞かれているみたいだ。僕は答案用紙をカバンにしまいながら、今日は久しぶりに華道部の部室に行くことに決める。今日から部活動が再開なのだが、生け花教室はまだお休みだからだ。

 伊織くんは囲まれているので、僕が立ち上がったことに気付かなかった。僕も気付かれないようにそーっと立ち上がった。そしてカバンを持って教室を出る。

 それから向かった部室で、僕は嘆息した。
 一人きりに慣れていたはずなのに、ずっと伊織くんと一緒にいるようになったから、どうしても寂しいと感じてしまう。

「あれ?」

 その時、ツキンと僕の胸が痛んだ。
 伊織くんのことを考えると、胸がぎゅっとなる。もっとそばにいたい。伊織くんは人気者だからそんなのは無理だって分かってるのに。

 瞬きをすると、僕の頭の中に伊織くんの笑顔が浮かんだ。
 優しい伊織くんに、『佳生』と名前を呼ばれる度に、僕は嬉しくなっていたと気付いた。

 その時、部室の戸が開いた。

「佳生」

 すると心なしか焦ったような顔をしている伊織くんが入ってきた。

「置いていくなんて酷いな」
「っ、忙しそうだったから……」
「佳生より優先しなきゃならないような忙しいことは、学校にはないよ。家にもないかな……そのくらい、僕は佳生が大切だよ」

 伊織くんがそう言うと、手を伸ばして僕の頬に触れた。ふにっと掴まれた僕は、びくりとする。

「離して」
「佳生? ごめん、いやだった?」
「……伊織くんを見てるとドキドキするから、やだ」
「うん?」
「胸がぎゅーってなるんだよ。僕は変みたい。だから触っちゃダメ」

 僕は自分で自分に困惑しながらそう告げた。すると目を丸くした伊織くんが、ふっと笑った。

「それは、佳生も僕のことを好きになってくれたってことだよね?」
「最初から好きだよ、キラキラしすぎてるところはちょっと苦手だったけど」
「『好き』の種類が、僕と同じになったって意味」
「? 好きには色々種類があるの?」

 僕が首を傾げると、伊織くんが人差し指を一本立てて、僕の唇に当てた。

「僕の好きは、佳生とずっと一緒にいたいの『好き』だよ。友達の好きとは別。友達とは、ずーっと一緒にいたいわけじゃないからね、僕は」
「あ……ぼ、僕も伊織くんと、ずーっと一緒にいたいよ? でも友達じゃないの?」
「うん。友達じゃないよ。そういう『好き』は――『恋』ってこと」

 伊織くんの解説が、すとんと僕の胸に響いた。恋を、僕はこれまでにしたことはなかったけれど、ドキドキするし胸が疼くし、きっとこれが、『恋』なんだと、僕はすぐに悟った。

「好きだよ、佳生」
「うん、うん、僕も好き」
「だから、置いていったら嫌だよ」
「わかった。僕も伊織くんに置いて行かれたら悲しいから、でも、伊織くんは忙しいし」
「僕の最優先は佳生なんだけど、中々伝わらないね、上手く。佳生、まだ僕たちは恋人未満……とは、言いたくないよ? 僕は、佳生とずーっと一緒にいたいから」

 そう言うと伊織くんが、僕の額に、自分の額を押しつけた。
 まじまじと目があう。僕は頬が熱くなってきた。

「だから、ずーっと一緒にいよう。ね?」

 伊織くんの優しい声音に、僕はこくりと静かに頷いた。たぶん、耳まで真っ赤だった自信がある。


 ――このようにして、僕と伊織くんは、ずーっと一緒にいる仲になった。実際、放課後には生け花教室で習うし、お休みの日は華道部の部室で、テスト前には一緒に図書館、お昼休みは僕も人気者グループと一緒にお弁当を食べることになって、休み時間は伊織くんが常に僕を見て居るようになった。人気者グループのみんなは、次第にそれに慣れてきたらしく、『愛が重くて、佳生も大変だなぁ』なんて声を掛けてくるようになった。僕はみんなに苗字ではなく、『佳生』と呼ばれるようになった。だけど伊織くんに名前を呼ばれるのはやっぱり特別で。僕は、伊織くんのことが大好きになってしまった。

 なお、伊織くん目当てで華道部への入部希望者が増えたし、幽霊部員も顔を出すようになった。ただ僕たちは外で習っているため、あまり顔を合わせていなくて、顧問の先生が教えてくれているみたいだ。

 ちなみに僕が生け花教室に通っていると知った兄は、僕の熱意に感動したと話していたけれど、僕はただ、伊織くんと一緒にいるためという動機から始めたので、ちょっと気まずい。でも、生け花には、本当にはまっている。

 毎日が、楽しい。
 これからの高校生活には、どんな出来事があるのだろう? なにがあっても、伊織くんが隣にいてくれて、僕もまた隣にいると決めたのだから、きっとなんとかなるに違いない。

「佳生」

 今日も伊織くんが僕の名前を呼ぶ。僕が振り返ると、ふわりと伊織くんが笑った。

「大好きだよ」




 ―― 終 ――