――放課後になった。僕はカバンに教科書類とタブレット端末を入れながら、本当に来るのだろうかと、チラリと伊織くんを見た。すると目が合い、微笑された。目を惹く笑顔に、後ろで女子達が、いいや男子も、感嘆の息を吐いたのが分かる。僕もちょっとだけ見惚れた。この笑顔が、どうして僕に向くのかだけは、僕にはちっとも分からない。
「佳生、行ける?」
「う、うん。行こうか」
僕はカバンを持って立ち上がった。そして二人で教室を出る。
廊下をゆっくりと歩きながら、僕は部室を目指しつつ、時折伊織くんをちらちらと見てしまった。
「どうかした?」
すると視線に気付かれた。気恥ずかしくなって、僕は顔を背ける。
「その、どうして急に華道部に?」
「佳生のことをもっと知りたくて」
「僕のこと?」
「うん。どんな風にお花を生けるんだろうと思ったんだ」
伊織くんの声は、柔らかく優しい。僕は面白味のある人間ではないから、少し身構えてしまったけれど、それは仕方ないことだと思う。
部室につくと、お花の準備がしてある。これは朝のうちに、僕がいつもしておくものだ。
当然のように、僕の分しかない。
「あ、あの……他の人は来なくて」
「知ってる。華道部は有名な帰宅部の隠れ蓑なんでしょ?」
「っ、そ、そうだね……」
「でも佳生は毎日部活をしてるよね。真面目だなぁ。そういうとこ、好きだよ」
伊織くんは褒めてくれる。照れくさくなりつつ、僕はお花を見た。
「生けてみるね」
「うん」
こうして僕は、お花を生けて見せた。ただお世辞にも上手くはできない。教えてくれる顧問の先生が来るのは不定期だから、見よう見まねで頑張っている。
「個性的だね、佳生は」
「そ、そう? それって褒めてないよね?」
「――ここ。もう少し、ちょっと離してこちらの花を、ここにして、こう」
「へ? 伊織くん、すごい」
僕の生けた花を、ちょいちょいっと手で伊織くんが直すと、見違える出来映えになった。
「伊織くんは、華道を習ったことがあるの?」
「僕の家は、華道の家元だからね」
「えっ!?」
まったく知らなかった僕は、驚いて目を見開いた。相変わらず伊織くんは、柔和に笑っている。
「僕も将来は、お花を教える先生になる予定だよ。家を継ぐんだ」
「そ、そうなんだ……ごめん、釈迦に説法ってやつだったよね……」
「佳生が謝ることはなにもないよ? 僕が佳生を知りたくて来たんだから」
「華道についてってことだと思ってた……」
僕の言葉に、伊織くんが肩を竦めた。
「違うよ。最初はね、この高校の華道部って何をしてるのか気になっていて、一年生なのに部長だっていう佳生のことが知りたくなったんだ」
「なるほど……」
「それでずっと見ていたら、もっと話してみたくなって、席替えのときに隣に座ったんだよ」
「そうだったんだ」
納得して、僕は小さく頷く。きちんと隣の席になったことには、理由があったんだと僕は知った。
「そうしたら、佳生がどんどん好きになったんだよ」
「ありがとう、友達だと思ってくれてるんだね」
「……友達、かぁ。どうかな?」
「え?」
「内緒」
「?」
伊織くんの話は、難しい。そう考えていると、隣に座っている伊織くんが、僕の顔を覗き込むように見た。
「僕も入りたかったな、華道部に」
「今からでも入れるよ?」
「――放課後は、家で華道の勉強をみっちりしている日が多いから、僕は普通の帰宅部に入ったんだよ。今日はたまたまお休みだったんだけどね。いつ来られるか分からないから」
「そ、その……ここは幽霊部員ばっかりだから、来られる時だけでも大丈夫だよ?」
「そう? でも佳生が一人でここにいると思うと、僕はちょっと辛いから……どうしようかなぁ」
「同情してくれてるのは分かるけど、もう一人にも慣れたから平気」
「好きな子が寂しい時になにもできないと、僕のほうが平気じゃないんだよ」
苦笑した伊織くんは、それからそっと僕の頭を撫でた。僕はきょとんとしてしまった。
「伊織くんは、もしかして僕と一緒にいたいの?」
「うん」
「――伊織くんの家でのお勉強は、伊織くんが一人でしてるの?」
「ううん。お弟子さん達と一緒に」
「ぼ、僕も習いに行ける?」
「佳生……もしかして、佳生が僕の家に来てくれると言うこと?」
「う、うん。きちんと習ったほうがいいと思うし、顧問の先生も許してくれると思うから、僕が習いに行こうかなって……さ、さすがに最初から上級者に囲まれるのは無理かな?」
今度は僕が苦笑すると、軽く伊織くんが頭を振った。
「歓迎するよ」
こうして僕は、放課後は美生流の生け花を習うことになった。



