サッカー部の元エースのみが俺の球を受けられる

 そして、試合当日。
 俺はマウンドに立つ。
 一回戦ながら、相手の高校は実績十分の強豪校だ。昨年は、不調ながらもベスト16まで行っている。
 

 緊張する。俺は果たして試合でもちゃんと投げられるのだろうか。
 果たして俺は、ちゃんと抑えられるのか。

 恐怖が体を襲う。もし、俺が全力で投げても簡単に弾き返されたとしたら。

 それは俺のプライドが捻じ曲げられる。それはぜひとも避けておきたい展開だ。

 弱気になってはいけない。弱気になっては何もかもうまくいかなくなる。
 本気で、そう全力で。


 「おい!」

 白井が俺の背中を叩く。


 「てめえ、緊張してんじゃねえよ」
 「はあ? 緊張してねえよ」
 「緊張してるようにしか見えねえよ。言っとくが、ここにいるやつらはてめえだったらちゃんと抑えられるはずだ。それを忘れんなよ」
 「分かってるよ」
 「俺がてめえの球を全部受け止めてやる。俺を信じてろ」

 そして、背中を強く叩かれる。

 「大丈夫だ。俺の命令に従って打たれるわけねえんだからな」

 その言葉には不思議と安心感があった。


 そして、戻って行った。
 そして、試合が始まった。

 キャッチャーミットを狙い投げればいい。それは分かっているが、緊張する。

 俺はボールを投じた。そのボールはゾーンを大きく外れる。白井が何とか止める。
 二球目も荒々しく外に外れていく。


 だめだ。緊張して入んのか、なんか上手くいかねえ。
 最近はそれなりにゾーンに入っていくようになったのに。

 くそが。これじゃあいけねえんだよ。

 俺は、拳を強く握る。

 白井はこちらに来ない。当たり前だ。
 一回の表からこちらに向かって来るなんて言う馬鹿な真似は、冷静な白井ならしないだろう。

 

 大丈夫だ。
 あまり投球感覚が開いてしまうと、怒られてしまう。

 俺は自身に大丈夫だと暗示をかける。
 そして、勢いよくボールを放った。

 ボールだ。

 そのまま四球を与えてしまい、先頭バッターを出した。
 だけど、大丈夫だ。先頭を歩かせたとしても、ちゃんと後続を抑えればいいだけなんだから。


 だけど、結局二人目も歩かせてしまった。

 無死一二塁。非常にまずいっつう事は俺にも分かっている。

 だけど、どうしたらいいだろうか。
 俺は息を吸う。

 白井の目を真っ直ぐに見る。
 そして、奴のサインは、ど真ん中。

 なるほど、信じて投げ込めという事か。

 確かに、今の俺には四隅を狙って投げ込むよりも、真ん中に投げたほうが安心して投げ込めるだろう。


 俺は、セットポジションから、ボールを全力で投げた。そのボールはぐんと伸びて、外角へと飛んでいく。
 荒れているが、ゾーンぎりぎりに入り、ストライクを取れた。

 白井を信じよう。あいつなら俺のどんなボールでも取ってくれる。

 ボールで相手打線を完封しよう。いくら四球を与えてもいい。点さえ取らせなければ。
 既に二者歩かせている。
 だけど、


 あいつの言ってくれた言葉、「俺を信じろ」

 ああ、信じるさ。今の俺には信じるしかないし、心なしがあのキャッチャーミットが、安心できるものになっている。
 今まで俺は何度も荒れたボールを投げているが、一度も後ろに逸らしていない。

 それに、俺は俺の球を信じる。


 俺は二球目を投げた。そのボールもまたゾーン内に入っていく。

 カキンっ!!

 バットに当てられ、転がっていく。
 だけど、このコースなら、

 二塁でアウトになり、一塁でもアウトになる。併殺だ。

 俺はほっと息を吐いた。これで、もう大丈夫だ。

 そして、そのまま三人目も抑えて行った。


 「てめえ、しっかりしろよ」


 ベンチに戻るとすぐに文句を言われた。
 先頭から歩かせ、ピンチを招いてしまったからだろう。


 「ごめん」

 俺は即様謝った。

 文句を言われるのも当然だ。先頭から二人歩かせるなんて。

 「てめえの球なら大抵の相手は抑えられんだよ。それを忘れんなよ」

 そう、彼は言った。

 「そうだ。抑えられるに決まってんだ。何の心配もいらない。それを忘れてはいけねえんだよ」
 「やけに俺を買いかぶるじゃねえかよ」
 「事実だからな」

 そう言って白井は笑った。
 その言葉に、俺は軽く安心した。
 それならば大丈夫だ。なにも恐れる必要はない。

 俺はそう思い、安心をした。

 「疲れたか」

 悠太が言う。


 「まだまだ余裕だよ」

 俺は言った。全然限界じゃねえ。

 「完封出来るわ」
 「偉い自信だな」
 「うるせ。事実だよ」


 俺はそう言って笑った。

 「それよりも、点頼むぞ」


 俺は打席に向かう悠太を見送る。悠太は頷いて見せた。


 
 しかし、こちらの攻撃は凡退で終わった。悠太を含め三人とも三振に切って取られたのだ。

 そして俺は再びマウンドに立つ。

 今度はちゃんと投げ込めたようで制球できた。安心だ。今度は見事に三者凡退を出来た。
 

 気持ちが良い。抑えられている。俺はちゃんと投げることが出来ている。
 周りからもすごいと言われているだろう。

 気分が良い。良すぎる。
 最高の気分だ。


 「調子いいな」

 戻ると悠太に言われた。

 「ああ、絶好調だ」

 俺はそう返した。

 完全に状態が良い。この感じだったら、俺は本当に完封勝利出来るかもしれない。


 しかし、こうなれば周りの評価が気になる。
 試合中はベンチにスマホを持ち込めないから、見る事が出来ないのが寂しい所だ。


 白井はベンチでは、ゆったりとしていて、必要な時以外は俺に話しかけようとしない。

 なあ、白井。
 本当に今日の試合が終われば、俺に固執する理由を教えてくれるんだろうな?

 そこはちゃんと教えて欲しい所だぞ。

 そして、俺は再びマウンドに立つ。
 抑える。打線が沈黙する。それが続いていく。ちなみに俺は三振だった。
 試合は完全な投手戦になって行った。中々両チーム点が取れない。
 そんな中、

 俺に疲れが見えてきた。
 誤解が終わったところで、俺は自身の異常に気が付いた。

 汗が流れ、手が軽く痺れてきた。筋肉の痛みを感じる。

 五回で既に85球も投げている。疲れてなければおかしな話だ。
 無失点で抑えているとはいえ、四球も出している。

 ヒットは二本しか打たれていないけれど、疲れていなければおかしな話なのだ。


 疲れているが、周りに言うのは絶対に嫌だ。
 それで、マウンドを降りて後続が討たれるのは嫌だ。

 「なあ」

 その時だった。
 背後から話しかけられる。

 「本当の事を言え」

 その言葉に俺は目を見開く。

 「何のことだよ」

 平然と俺は言い返した。

 「疲れてるなら正直にそう申告しろ」
 「何言ってんだよ」
 「お前の顔には疲労の色が見えるって言ってんだよ」

 その言葉に俺は言葉を詰まらせた。確かに今俺は疲労で疲れている。

 だけど、それを言いたくない。
 それを言ってしまえば俺はもうマウンドから降ろされるだろう。それだけは絶対にごめんなのだ。

 「てめえが心配しなくても大丈夫だ。てめえはマウンドから一旦降りるだけだ。そして外野でも守って疲労を回復させとけ」
 「待て」

 俺は叫ぶ。

 「その間、誰がマウンドに立つんだよ」
 「決まってんだろ。俺だ」
 「だけど」

 その瞬間だった。俺のユニフォームの襟元を強くつかまれる。

 「何してんだよ」
 「俺が立つに決まってんだろ」

 そう、はっきりとした声で言い放った。


 「待てよ、お前は投手も出来んのか」
 「ったりめえだろ。俺は天才だぜ。無理なわけあるか」
 「っ」

 俺は白井を信用してもいいのだろうか。
 白井に任せて試合が壊れるなら、俺がそのまま投げていきたい。
 だけど、

 白井なら何とかしてくれるに決まってる。

 「頼むぞ、天才」

 俺は迷った結果、そう言った。
 白井を信用するしかねえ。

 いや、白井はやってくれるはずだ。むしろやってもらわなければ困る。


 白井が打たれた、その先に待っているのは敗北だ。

 嫌なのだ。この程度で終わって欲しくはないのだ。

 白井が頑張っているうちに俺は体力を休ませねえと。
 外野は、ほとんど動かねえ。勿論、打球が飛んでくるケースもあるから素真央にずっと休める訳じゃないし、ずっとこの場にいるのもしんどい部分がある。だけど、それでも体力の回復は出来るさあてと、てめえの実力見せてもらうぜ、白井!!

 結論から言うと、白井はそこまでいい投球をしていたわけではなかった。
 絶好調の俺には流石に負ける投球内容だ。


 だけど、その様子を見ていると、正直楽しい部分があった。

 だけど、それと同時に思う事もある。
 なんで、なんでそんな苦しそうに投げるんだ。もっと楽しそうに投げろよ。

 そして、あっという間にイニングが終わった。

 「白井、ナイスピッチング」
 「ああ」

 白井は頷いた。だけど、その様子は少し変だと感じてしまう。それは、疲労がたまりすぎている。なんでそんなことになっているんだ。


 「くくっやっぱりなあ」
 「どうしたんだ」
 「痛くて痛くて、たまんねえよ」

 その手を見ると、深い手術跡があった。

 「まさかお前」

 「悪いな、投手は既に禁止されてたんだ」

 なるほど。

 だから、捕手をやっていたのか。思えば返球の時に全然本気で投げない。
 盗塁に関しては、もはや投げずにいた。それはつまりそう言う事だったのか。

 「まあ、楽しかったぜ。とはいえ、投手はやっぱてめえの仕事だ」
 「分かっている」

 別に俺は好き好んでマウンドから降りたわけじゃねえ。

 「俺はまた戻る」
 「おう。俺がもう一イニングだけ投げるから、その次頼むぜ」
 「ああ。無理すんなよ」
 「この天才に何を言ってるんだ」

 そう、白井は言った。なんとなく印象が変わっている、ような感じがした。そう言えばこんな話を聞いたことがある。
 人間は完璧すぎると嫌われると。一つでも不完全な部分があるほうが好かれると。
 多分あいつの欠点はそこなんだと思う。

 だから、あいつの為を思い、また投げる。

 投げるために体力を温存しよう。

 そして、また再び七回になって行った。点は入らず、ただただ、時間が進んでいく。正直延長を投げぬく体力なんて言う物はないだから本音を言えばもうそろそろ試合が終わって欲しい所だ。だけど、その中で俺が唯一出来るのは、
 抑える事だけだ。

 「白井。ありがとうな」

 俺はお礼を言い、背中をさする。

 「後は俺に任せろお!!」

 俺は叫んだ。

 「ああ頼むぞ」

 白井は俺の言葉にただただ頷いて見せた。

 体力は戻ってきたし、段々と投球も冴えて来た。これならもう大丈夫だろう。

 あと三つのイニング。それさえ押さえてしまえばどうにでもなる。

 俺は息を吸って吐いてを繰り返す。そして、

 投球を投じた。

 休んだからか、先ほどよりも調子が明らかに良い。球が走っているし、変化球も良く曲がる。白井が時間を稼いでくれたから、という事か。
 俺は一球一球丁寧に投げ込んでいく。
 そして、いつしか俺は笑っていた。ちゃんと投げられることに悦びを感じていた。
 そして、試合が終わった。

 試合は無事に勝利を収める事が出来た。白井のおかげだ白井が、ホームランを打ってくれたのだ。
 試合が終わり、俺は白井に抱き着く。そんな俺に対し、白井は「暑苦しい」と、全力で拒絶をしたのだった。